2019-11-27 第200回国会 衆議院 科学技術・イノベーション推進特別委員会 第3号
第一号でできたラジオは今も福島支店に飾られております。 そういうふうな理念が物すごくやはり経営者は要ると思いますので、この成り行きはしっかりと考えていきたいと思うんですが、最後の一問だけ短く。
第一号でできたラジオは今も福島支店に飾られております。 そういうふうな理念が物すごくやはり経営者は要ると思いますので、この成り行きはしっかりと考えていきたいと思うんですが、最後の一問だけ短く。
ちょっと私も個人的な経験を簡単に申し上げますと、昭和の金融恐慌で全然世の中にお金がないときに、住友銀行の福島支店の支店長が、たった三人だけが四畳半でやっている会社に行きまして、まだ会社をつくったばかりなんですけれども、その会社の社長の、私はこんな夢があってこういうことをやりたいんだという夢を聞きました。
この点では、日銀の福島支店の福島県金融概況四月分、五月十日の発表でも、住宅投資について、「この間、業者の確保難が続いていることから、着工や工期の遅れがみられている。」と指摘をしております。被災者の住宅再建にとって、資材価格の高騰や業者不足による工事着工、完成のおくれというのは深刻な問題であります。 そういう中で、国の復興交付金なども活用した被災地の住宅再建の取り組みがどうなっているのか。
例えば、十一日金曜日の後、翌日の土、日と、これは仙台支店、それから福島支店もそうでございますけれども、これは休日ですけれども、日本銀行の店舗をあけまして、金融機関が日本銀行から現金を調達できるようにしっかり体制を組みまして、現実にもかなり大量の現金を供給いたしました。
まず、被災地の金融機関の状況につきましては、現地の仙台の支店長、盛岡の事務所長あるいは福島支店長を通じて詳細な報告を受けておりまして、ただいま議員御指摘のとおりの状況であるということで、大変厳しい状況、しかしその中で頑張っておられるという報告を聞いております。
本当に行員の健康を考えた場合、本当なら福島支店を避難させるべきなんです。情報を的確にとらえて正確な判断をしなかった、うわさがうわさを呼んで、いわき支店はおくれてしまったと私は思います。まさに風評被害を助長したと言われても、私は仕方がないのかなと。 メガバンクとして、地域の金融機関として、どうしておくれたのか。頭取、お答えを願いたいと思います。
○参考人(白川方明君) まず、被災地の状況でございますけれども、私どもの仙台支店、福島支店、それから盛岡事務所を通じまして金融機関の状況を聞いてございます。まさに議員御指摘のとおり、今のその被災地の状況は、復興を言うまだその前の段階だというふうに、そこは私ども十分認識しております。 現在、被災地の金融機関は金繰りという面からしますと、今預金が流出しているわけではございません。
それは何かというと、例えば仙台支店なら仙台支店があったとしても、仙台支店で十分地域に貢献していないということになれば、どこか、福島なら福島支店を作りたいといったときには、あなたは地域に貢献していない金融機関なんだから、別な地域に銀行を作ったとしても地域が駄目になるでしょうと。しかも、その支店を出すときに、地域の人たちと話合いをして、こういう貢献をしますという約束までさせられるんですよ。
したがいまして、日本銀行福島支店の支店長宅も取得できましたので、それを一つの種地にしながら歴史に学んだ物語というものを展開して、その市街化区域の中で、ややもすると乱開発あるいは巨大な建築物になって著しく風致を阻害する、景観を阻害するおそれのある地域について、小さな風致地区を設けて、そこに秩序ある吾妻連峰がくっきり見えるような盆地特有の美しい町をつくっていきたい、それがまず第一点でございます。
それから福島支店長宅、これは昭和八年の建築でございますが、やはりその敷地の広さ、うちの広さなどは今日の標準に比べますと広い建物もあることは事実でございます。ただ、平均的に見ますというと、建物面積は二百平米程度でございます。
まず、その五十三年十一月に取り上げられたのは、福島市のある製造業者が五十二年の五月に商工会を通じて国民金融公庫福島支店に三百万円の融資申し込みをしたが、審査の結果、融資ができないということになった。ところが、今度は五十三年五月、再度申請をしたけれども、これも認められなかった。
同じく「財界ふくしま」一九七八年五月号、これも中小企業金融公庫福島支店長中沢さんが出ています。また、「財界ふくしま」一九七五年九月号、これは創立三周年記念特別講演会、大平先生を迎えて盛大に開かれる。ここで当時の大蔵大臣と平尾財務局長が出ております。「財界ふくしま」第三巻の第七号、「一兆二百五十億円の予算を持つ男」というタイトルで住宅金融公庫総裁の浅村さんが出ている。その他ずっとありますね。
福島県の福島市のある製造業者の方が昨年五月、商工会を通じて国民金融公庫の福島支店に三百万円の融資申し込みをしたのですが、しかし審査の結果融資できないという結論になった。一年後のことしの五月、再び同じように三百万円融資を申し込んだけれども、しかしやっぱりことしもだめだったわけであります。
福島地裁、「昭和四九・九・二二午後三時三〇分頃から四時三〇分頃までの間に、株式会社エンドーチェン福島支店売場において婦人服上下一着(時価九、八〇〇円相当)、乾電池二個(時価一九〇円相当)及び男性用チック一個(時価二八〇円相当)を窃取した。」四十九年十月四日依願免官。これは四十九年十月三日に戒告が行われておりますね。そして依願免官、立件せず。 一体これはどういうことなんでしょうかね。
これは福島支店勤務、当時中央執行委員として組合本部で活躍しておる。四十一年の九月に金銭横領があるとして——この事実もきわめてあいまいなものであります。
それとあわせて、いま報告の中にあったと思いますが、日本通運の福島支店の丸紅事件に連座する不正事件等についてもどうなっておりますか。
福島で食糧事務所が立入検査をしたときに、日通の福島支店の倉庫の中に約六十四トンのモチ米があった。このモチ米は丸紅のものであったけれども、二月二十日付で谷口商店の谷口元右衛門のものに変わっていたということが新聞などでも報道されておりますが、そのとおりかどうか、食糧庁長官に御説明願います。
○斎藤(一)政府委員 被疑事実は、丸紅が谷口商店から買い受けた未検査のモチ米を日通の福島支店倉庫に寄託しておいたけれども、その間において寄託申し入れ及び倉庫保管料など関係書類を、食糧事務所が立入検査の直前に、これが二月の下旬ごろ——先ほどからのお尋ねのことでございますが、二月下旬ごろ丸紅名義のものを谷口商店名義のものに書きかえたという関係の疎明をして、捜索をしたわけでございます。
この米は、日通の福島支店の倉庫に保管されていたはずです。そして日通福島支店の保管者の名義は、二月二十日付で谷口商店に変わっているでしょう。これは証言云々ではなくて、帳面の記載がそうなっているんじゃないですか。
○斎藤(一)政府委員 先ほどお答えしたように、丸紅に関する食管法違反事件を捜査をしておりましたところ、日通の福島支店の倉庫に入っておったお米について、これは先ほども申し上げましたように、谷口商店の名前になって告発を受けておったのでございますが、いろいろ支店長ほか関係者について捜査を進めてまいったところ、実は谷口名義のお米になっておるが、今回世間でこの米の問題が取り上げられて論議されるようになってから
○芳賀委員 次に、第三の事件として、日本通運の福島支店の倉庫に委託によって保管された米について、丸紅と共謀して名義の書きかえを行なったという事件が付随して生じておるわけですが、この真相に対する調査は、食糧庁並びに警察当局においてはどの程度に進展しておりますか。
職員の不正行為により国に損害を与えたもの、これは福島測候所で三十一年五月に県前渡官吏の補助者によりまして前渡資金をほしいままに領得されたのでありますが、その補助者は、この四十一万五百円を拐帯逃亡する目的で、小切手を書損をしたという扱いにしまして、上司の目をくらまして小切手を勝手に作りまして、日本銀行の福島支店にその偽造の小切手を出して四十一万五百円を受領して逃亡したのであります。
同じくこれと似たような事件でありますが、福島県下におきましても、まき生産者尾形今朝吉、渡邊徳、小野徳四郎などが、政府の代行機関であり、検收員であるところの、日通の福島支店金谷川営業所長矢仲貞雄、福島県薪炭林産組合福島出張所総務主任柴山桂その他と共謀して、供出のないにもかかわらず供出したことく装つて、これが仮受領証を発行せしめ、また数字が改竄などを行いまして、合計二十一万二千九百束のまきのから供出によりまして