1999-11-10 第146回国会 衆議院 商工委員会 第3号
せんだって行われましたソニーの盛田さんの社葬にも行ってまいりましたけれども、あのソニーも、もともとは東京通信工業という小さなところから始められて、そして、盛田さんいわく、会社が、社員が三十六人ぐらいのときが一番楽しかった、全部の家族の名前がわかり、社員の名前がわかり、その家族構成までわかったというころの時代、それを経て大きくなられたということを考えますと、我が国の中小企業がまさに日本経済のダイナミズム
せんだって行われましたソニーの盛田さんの社葬にも行ってまいりましたけれども、あのソニーも、もともとは東京通信工業という小さなところから始められて、そして、盛田さんいわく、会社が、社員が三十六人ぐらいのときが一番楽しかった、全部の家族の名前がわかり、社員の名前がわかり、その家族構成までわかったというころの時代、それを経て大きくなられたということを考えますと、我が国の中小企業がまさに日本経済のダイナミズム
ところが、社葬でかなり人が来るということがわかったら、三百万と言い直してきたわけですね。それは余りにひどいじゃないですかと言うと、じゃ百五十万にまけときますと、バナナのたたき売りじゃあるまいし。しかし、葬儀を挙げていただく方から半分にしておきますと言われたら、それ以上は信者さんは抗弁できないですよ。これは一種の押しつけであり、料金ですね。これは私はお布施ではないと思います。
本日は、この事件に巻き込まれて逝去された小尻知博記者の朝日新聞社社葬の日であると伺っています。この際、私は、小尻記者の御冥福をお祈りして弔意を表するとともに、御遺族に対し心よりお悔やみを申し上げたい、そのように存ずる次第でございます。
殉職者に対しましては、去る一月二十五日に合同社葬をとり行いましたが、その際には天皇皇后両陛下から生花を御下賜賜りまして、また各界から御丁重なる御厚志をいただきまして深く感謝いたしております。 御遺族に対しましては、労働組合とも協議の上、弔慰金等を支給し、さらに現地に援護対策組織を設け、御遺族の御要望を聞きながら、きめ細かい対策を取り進めているところでございます。
そのときに大臣から力強い、かつて私も一貫してしゃべってきたが、再建の基本方針に変わりないけれども、社葬に出向いたあの遺族の方々を思い出すときに、再建を何が何でもしなきゃいかぬとここで強調されました、私の質問に対して。
私の聞いているのは大体四月十日に現地の連絡によりますと合同社葬をとり行いたいと、こういうことも入っております。もちろんわれわれも出席いたしますが。
労務災害に対するいろいろの補償等の問題で、会社側から判を押してくれということを言われておるのですが、自分は金はほしくないんだ、やはり何としてもむすこがこういう殉職をした、そういうことに対してはっきりと原因をつかみ、そうしてほんとうに自分のむすこが、自分の過失によって起こったものか、あるいはその他の方法に何か原因してそういう死に至るような事故を起こしたものか、その点をはっきりしたい、特に会社の人たちが——社葬
そこで、負傷者及び被害者のことをちょっと簡単に申し上げますと、あとの若干の負傷者、軽い負傷者は全部退院いたしまして出社しておりますが、水野氏は、先ほど申しましたように、不幸にして死亡されましたので、私どもとしては、できるだけのことをしたいと思いまして、社葬としまして氏の霊を慰めまして、同時に、法定されておりますいろいろ一時金だとか年金等も遺族にありますが、それ以外に、会社としてのできるだけのことをするということで
ところがその翌月、四月十五日の日に、故三鬼社長の社葬がありましたので、私組合の代表といたしまして、四月十五日に築地の本願守の社葬に参りました砌り、更に労働省に参りまして、要望書に対しての回答がないということを迫つたのでありますが、労働省のほうではもう少し時間を貸してくれということであつたのであります。