1984-08-03 第101回国会 参議院 内閣委員会 第21号
○藤井恒男君 お伺いしたテーマが大きいので大変失礼いたしましたが、次に同じ論文の中で、福沢諭吉先生が明治維新の際に唱えられた、四民平等、身分の公平、貴賤というのは学問をする者としない者との相違であるということから、身分にかわる学歴による社会的選別の方式というものを発想された、このことが自来我が国をずっと動かしてきたわけでありますが、現在の民主主義社会における社会的選抜の方式を教育制度とのかかわりでいかに
○藤井恒男君 お伺いしたテーマが大きいので大変失礼いたしましたが、次に同じ論文の中で、福沢諭吉先生が明治維新の際に唱えられた、四民平等、身分の公平、貴賤というのは学問をする者としない者との相違であるということから、身分にかわる学歴による社会的選別の方式というものを発想された、このことが自来我が国をずっと動かしてきたわけでありますが、現在の民主主義社会における社会的選抜の方式を教育制度とのかかわりでいかに
今まで教育の仕事の中には人材を育てるという教育指導の役割と、同時にそういうふうに上級学校へ上がる形の中での社会的選別を行っていくという二つの機能を実は教育は持っておったと思うんです。ところが、今日のような大衆化社会の中で教育が普及、大衆化してきた段階においては、それを今までの明治以来のような形で社会的選別の機能までを教育に期待すること自身が間違っているのじゃないだろうか。