1959-12-15 第33回国会 衆議院 地方行政委員会 第10号
もちろん事案が非常な傷害事案なりあるいは暴行事案になるというような見通しがあります場合におきましては、できるだけこれを事前に予防するというような警告、制止等の措置もとるわけでございますが、今回は、警察といたしましても、当日は実は第九次の統一行動もあり、さらに夜間には品川から北鮮帰還の人たちが出発するというようなことで、機動隊が相当忙がしく一日中働かなければならなかった事情等がございましたが、必要な時間
もちろん事案が非常な傷害事案なりあるいは暴行事案になるというような見通しがあります場合におきましては、できるだけこれを事前に予防するというような警告、制止等の措置もとるわけでございますが、今回は、警察といたしましても、当日は実は第九次の統一行動もあり、さらに夜間には品川から北鮮帰還の人たちが出発するというようなことで、機動隊が相当忙がしく一日中働かなければならなかった事情等がございましたが、必要な時間
地方にもあるかと思うのでありますが、こういうこともむろん手が足りない場合もありましょうけれども、これも団体によって違いまして、相当忙がしい仕事でも、地方公務員の諸君が犠牲を払って、一生懸命やって間に合せているところもありましょうし、あるいは必要以上に非常勤の公務員を雇っているところもあるかと思うのでありまして、こうしたことも一概に結論を出し得ないのじゃないかと思うのであります。
しかして現状においては十二月末までに過渡的に機械の製作を認めておるのでありまして、むしろ目下はその過渡的な機械の製作に相当忙がしいという状況のようでありまして、おっかけてさらに合理化の機械がだんだんと軌道に乗ってそれぞれの工場に活用されて来るということになりますので、従ってこの二十九条の発動によって、これが原因で転廃業の問題が生じし来るというような事態はわれわれとしては考えておりません。
それが二十万人あつて、なお相当忙がしいというのであります。これは要するに遵法精神が非常に発達して、何でも法律に適合したようにやつて行こう、こういうのですから、法律の専門家に何でもすぐ相談をするということになつておる。そこで遵法精神というものが発達しなければ、立憲政治の完全な発達というものは私は希望できない。この間の国会の乱闘騒ぎのようなものも、やはり遵法精神の欠乏から来つた現象だと私は思うのです。
そういつたようなことからいろいろ御指摘のような不当な事故が出て来るわけでありますが、それを防ぐために、県にこれを委託するという点につきましては、県自体のほうのこれを消化する能力あるかどうかということが問題になつて来るわけでありまして、現状では府県の工事そのものでも相当忙がしいのではないかというように我々は考えているわけであります。
私はこういう貴重な時間を使つて、しかも白洲さんの方におかれても相当忙がしいからだであると思うのですが、何ら答えられないのにおいで願う必要はないのです。だから今後こういう問題を扱うときには、委員長におかれても慎重に考えられて、相手が全然答える意思がないというような場合には、初めから呼ばないようにしてもらいたい。
しかしこの検査は、取入れの秋とそれから二月ころまでが相当忙がしいわけでありまして、その後におきましては閑散なときもあるのです。そういう場合にはそれらの検査員は非常にひまである。こういうことを考えますと、農協とのつながりをつけて、忙がしいときには相当の検査員を要請いたしまして、協同組合の方から応援するようなことにしたらどらかという意見もあるのでありますが、これに対する御意見を伺いたいと思います。
○細川嘉六君 皆さんおつしやるように、相当忙がしい際であります。どうでしよう。私の意見書を、委員長かいないと困るので、委員長一人でもいられれば私が朗読して速記に残せば片が付くということもありますし、委員長忙がしいですか。三十分か四十分かかります。
○山花秀雄君 各委員会とも相当忙がしいような状態でございますから、幸い次官が見えておりますから、それでは労働大臣が途中で参りましたならば、改めて労働大臣に聞くことにいたしまして、ここでは次官にいろいろお聞きしたいと思います。
それで外にそれぞれに相当忙がしい仕事を持つておる者ばかりでございますので、果してこれだけの重い責任を果して行けるかどうかという危惧の念を各委員持ちました次第でございます。その後すでに正式の会議は四回開催いたしております。大体先ほど新谷委員からお話のございましたように、只今の方針といたしましては、正式の会議は毎月一回これを開くことを原則といたしております。
そういう点から考えましても、本來の第一分科会の仕事は相当忙がしいわけでありますから、そういう意味においても小委員会を別に……、といつて結局同じことでありましようけれども、ここでなるたけ積極的にその面に関心を持ち、又経驗を持つておる人達を沢山集める意味においても、それがよいと思うのです。