2003-04-16 第156回国会 衆議院 国土交通委員会 第16号
それから、消費者の方々にとっては相場感というのがよくわからないということで、三十六万件の仲介物件が登録されております不動産流通機構のホームページにおきまして、沿線別の中古住宅の平均取引価格といいますか、平均像としてどんなものになっているかをお示しするということを通じまして、消費者の方々が、まあこんなものかという安心感を持って取引に参加できる、そういうさまざまな整備を進めてきておるところでございます。
それから、消費者の方々にとっては相場感というのがよくわからないということで、三十六万件の仲介物件が登録されております不動産流通機構のホームページにおきまして、沿線別の中古住宅の平均取引価格といいますか、平均像としてどんなものになっているかをお示しするということを通じまして、消費者の方々が、まあこんなものかという安心感を持って取引に参加できる、そういうさまざまな整備を進めてきておるところでございます。
いずれにせよ、外国の投資家あたりには、かなり今の地価の相場感等でもってやや底値圏かなというようなことで、そういったものに手を出そう、しかし、あくまで採算に乗るベースでなければならないという考え方で投資しております。 したがって、確かに先生おっしゃるように、一〇〇のものを一〇〇で買え、あるいは八〇で買えと言ったって、買う人はいません、不良債権であれば。
現実に地方議会などではそういうところをやってこられたのに対して、国が、五百人だって十一名減らしたと言えば減らしたのですが、相場感というのはありますよ。
このようなところが為替相場を百五十円に押し上げて、しかも百五十円から若干上にいくのかなというような相場感ができたというような感じがいたしているわけでございます。このような百五十円前後の動きというのは多分これから一年ぐらいは続くのかなと思われるわけでございますけれども、先ほどの議論のように、アメリカの病は決して治っていないというように思われます。
ところが、ベーカーさんに言わせれば、あなた、そういう点で批判を受けるかもしらぬが、我々は自国の通貨の価値を落としたじゃないか、この方がもっと大きな批判を受ける対象だよ、こういうふうな意見交換は、茶飲み話も含めていたしておりますけれども、私も、現状においてという言葉を使いますとまた相場感が出ますものですから、一般論として、やはり安定していくことが好ましいということでお答えのおおむね限界とさせていただいておるということでございます
しかしながら、フロート制であります限りにおいては、市場が神様であるといった場合に、いわば通貨当局者が一つの値ごろ感とか相場感とか言うことは、やっぱりこれは差し控えるべきであるというふうに思っております。
これによって為替の相場感が一挙にさらに変わりまして二百円台に持ってきた、このようなことでありますから、この動き方はあるいは歴史に残るような見事な操作であったとも言えるかもしれません。 それによって、さらにここで油の値段が急速に下がってまいりまして、原油の価格が下がってまいりますとアメリカも得でありますけれども、日本の方がさらに得である。
本来、市場の相場感によって支えられるべきが定着という考えだと思います。関係諸国の介入をやめてもそのまま定着するところが本当の定着だと思います。ところが総裁は、円高へのアクセルは踏み続ける、ブレーキの方はまだかけてないんだ、こういうお考えで、まだ円高誘導のお考えで円高定着を図っておられるやに思えるわけでございます。
○参考人(澄田智君) 最近の為替市場の動きを見ますと、相場感あるいは市場の空気と申しますか、それはひところに比して幾分変わってきた、そういう感じはいたしております。しかしながら、基本的には、一方においては介入警戒感というものが働いて、円安の方向にその日の相場が動くような場合には介入警戒感が働く。
○参考人(澄田智君) 今ほども申しましたが、最近の円相場の動きを見ますると、ひところに比べ円安方向への大きな揺り戻しの懸念は薄らいできているのではないかというふうな感じもぼつぼつ出てきておりまして、相場感ないし市場の空気は幾分変わってきたそういう感じがいたしております。定着した、こういうふうにはっきり申し上げることはまだできない、そういう段階でございますが。
私どもといたしましては、円高の傾向が市場関係者において、自然に円高基調というそういう相場感、これが定着いたしまして、そうしてそういう定着した相場感が円高傾向、為替相場、円高の相場を支える、そういうような形になっていくことが最も望ましいわけで、そういう意味で定着を望んでいるのでございます。
それが市場が相場を判断する、あるいは市場が先行きについての一定の判断を、相場感というものが出てまいりまするときに当局の意図がそこではっきりするということは非常に重要なことであろうというふうに思っております。
しかし、外為市場なんか見ますと、あのきわめて相場感というか、市場感というか、敏感な外為市場が、そのことによって円安の問題には響いてないじゃないですか。それを拒否して商業ベースの交渉を続ける——原油価格なんてのは売り手市場で、一方的にこれだけ上がるということを買い手側には通告すればいいという慣行がすでにでき上がっておる。
幸い中期債の入札も回を重ねておりますので、これからは入札者の方も、入札相場感といいますか、そういうものがだんだん集約されてくるということだろうと思います。これからもできるだけそういう意味で市場の実態というものを反映した入札ということに心がけまして、この二兆円、五十四年度の実績から見るとやや欲張った計画ではございますけれども、何とかこれを達成したいと考えておるわけでございます。
ただ、百八十円に比べて二百十円とか十五円とか二十円は安い、非常に大幅だというふうに、何というんでしょうか、一種の相場感というんでしょうか、そういうもので心理的に大変に円が安くなっているように思うんでございますが、実際的にはそれほどの大きな断層がまだあるとは思っておりません。また逆に、いまの円安が一体いつまで続くのかだれも予想ができない。
したがって、金利は日本の方が安くても、三カ月先には円が高くなるということを計算に入れますと、金利差にかかわらず資本が流入し得えたような状況であったわけでございますが、これはもっぱら国際収支が一体将来どうなるであろうか、あるいは円及びドルの為替の相場感がどうなるであろうか、そういう要素にかかっておるわけでございます。
その間の経緯につきまして、もう一言つけ加えて申し上げなければならぬことは、なるほど一月余りの間に七%ということはテンポも速過ぎましたし、大幅に過ぎたということは先ほどお答えいたしましたとおりでございますが、その裏には何と申しましても日本の経常収支の黒字が非常に大きいということ、この上半期の経常収支の黒字がどのぐらいでございますか、六、七十億にはなるのではないかと思いますが、そのことについての世界的な相場感