1997-02-25 第140回国会 衆議院 地方行政委員会 第4号
私の選挙区には二十六市町村がございますが、高田市と直江津市というのが合併したのが昭和四十七年でございますが、それはもう大きな市同士の対等合併でございました。七万と四万ぐらいの市が一緒になって十一万になったのでございますが、それ以外の、一万を割るような町村の合併はここのところ起きておりません。
私の選挙区には二十六市町村がございますが、高田市と直江津市というのが合併したのが昭和四十七年でございますが、それはもう大きな市同士の対等合併でございました。七万と四万ぐらいの市が一緒になって十一万になったのでございますが、それ以外の、一万を割るような町村の合併はここのところ起きておりません。
○高橋(国)政府委員 北陸自動車道は、起点が新潟市、終点が米原市、四百七十七キロメートルでございますが、全線の基本計画を決定いたしまして、このうち上越——直江津市でございますが、直江津市と富山県の県境にございます朝日町の間七十三キロメートルを除きまして全線整備計画を策定いたしまして、現在日本道路公団において鋭意工事の促進をはかっているところでございます。
しかるに、制度的には高田市議会の合併決議があるわけですし、直江津市のそれも生きているわけですね。そこでそれを受けて新潟県知事が両市の合併議決議案をとにかく県議会に上程しようとした。少なくとも住民の意思というものを起点に制度を活用していこうという視点に立つ限り、合併議決をした市議会がリコールをされたということの意味というものは、私は非常に重大だと思うのです。
以下、二、三掘り下げてみますが、この条例によって直江津市は総額八億六千六百九十九万二千円の奨励金を三菱化成に支払わなければならず、この総額のうち、四十五年度までに支出されたり支出予定されたりしている額は三億九千三百八十一万五千円であります。昭和四十六年度以降の債務負担額は四億七千三百十七万七千円であります。
したがって、この国会にふさわしいと思ってきょう取り上げたのですが、直江津市の工場誘致条例の第三条では、奨励金の交付基準に、公害発生工場でないことが要件として入っているのですよ。また指定後、公害発生工場となったときは指定を取り消すことができるというふうになっているわけですよ。
○和田静夫君 最後に、新潟県の直江津市の財政問題について若干伺います。 新潟県の直江津市においては、昭和二十九年に工場誘致条例を制定をして、そうして、これは三十一年、四十五年一月の改正を経て現在に至っております。
――――――――――――― 八月六日 直江津市に火力発電所設置に関する陳情書 (第三九号) 中小企業対策に関する陳情書外一件 (第四〇号) 四国地方の総合開発に関する陳情書 (第七六号) 貿易振興に関する陳情書 (第七七号) 豪雪地域対策の強化に関する陳情書 (第八三号) 同月七日 官公需についての中小企業者の受注の確保に関 する法律の運用改善に関する陳情書 (第一二〇号)
○小峯委員長 なお、本委員会に参考送付されております陳情書は、直江津市に火力発電所設置に関する陳情書外十件であります。 ————◇—————
負傷者につきましては、直江津市にございます新潟労災病院に六名、その他付近の病院に四名収容いたしまして、目下治療を加えておるところでございますが、新潟労災病院に収容した者のうち、二名については軽度のガス中毒症状が認められておりますので、そのような特殊な処置を施しておりますが、残りの者は打撲傷、火傷であるという状況でございます。
ところがその後私どもの調査によりますと、兵庫県の伊丹市、同じく兵庫県の洲本市、新潟県の直江津市等、これはたくさんございますから、等でいきます。この三つが非常におもな都市でございますが、民営化の方向をとっておるのです。これは局長も調査していると思う。あなたは直営が正しいのだ、直営の方向に指導するのだと言いながら、あなた方が指導しておる自治体は、逆に民営化の方向をとっておるのです。
村内に農協が三つございますが、南川農協は直江津市に最も近い位置にございまして、直江津市の都市計画の中にその大部分が包含されておりますので、これは構造改善事業にふさわしからぬ条件であるというふうにいわれておるわけであります。明治農協は、いわゆる山沿いの地帯でございまして、南川と明治の両農協のまん中にある大瀁農協が平坦部であり、その規模も最も大きいという農協でございます。
それで、会った場所は直江津市において、北村知事と十一月二十八日午後七時より四十五分間面会した。質問、十一月十三日の社会労働委員会における伊東局長の答弁中に、農地の問題については知事の責任であるように言っていたが、食い違いがあるのではないかどうですか。
○兼子政府委員 新潟県の第十四区が、調査会案におきましては、高田市、直江津市と糸魚川市と西頸城郡で、第十三区は新井市、中頸城郡のみであったわけであります。しかしながら、東頸城郡が地勢上中頸城郡と一体である、また、人口バランスからいいましても、新井中心に中孤城、東頸城で一選挙区を作つた方が合理的である、そのような見地から、十三区が調査公安ボ一と違つておるわけでございます。
大体の日程といたしましては、八月五日上野発、同日夕刻新潟に着き、翌六日新潟県庁において県内全般の実情について説明を聞き、国会における審議状況を報告した後、車で新発田市、新津市及び柏崎市の各地を廻り、柏崎より直江津市を経て、糸魚川市、青海町に至り、この間各地において実情視察を行うと共に意見の交換を行いました。
翌日は早朝金沢市を出発し、北陸線を経由して新潟県に入り、直江津市において下車、県庁の自動車を拝借して中頚城、東頚城の両郡下を視察し、積雪寒冷単作地帯振興臨時措置法に基く農業振興計画作成の状態、地すべりによる耕地山林の被害状況、いわゆるぼい山と称する不良薪炭林の概貌等について現地官民の説明を聞きつつ、同夜は長岡市に投宿をいたしました。 翌三十日は長岡市より新潟市に参りました。