2018-07-05 第196回国会 衆議院 災害対策特別委員会 第8号
日本書紀に、六八四年の白鳳地震、ちょっとお話ししますと、天武天皇十三年の十一月二十九日の夜、後に白鳳地震と呼ばれる巨大地震があって、これは日本書紀にしっかり書かれていて、国じゅうの男女が叫び合って逃げた。山が崩れ、川があふれた。諸国の郡の官舎や百姓の倉庫、寺社が壊れたものは数知れず、人や家畜が多数死傷した。伊予、今の愛媛県の温泉が埋もれ、湯がとまった。
日本書紀に、六八四年の白鳳地震、ちょっとお話ししますと、天武天皇十三年の十一月二十九日の夜、後に白鳳地震と呼ばれる巨大地震があって、これは日本書紀にしっかり書かれていて、国じゅうの男女が叫び合って逃げた。山が崩れ、川があふれた。諸国の郡の官舎や百姓の倉庫、寺社が壊れたものは数知れず、人や家畜が多数死傷した。伊予、今の愛媛県の温泉が埋もれ、湯がとまった。
又紀貴之が土佐日記に記してあります、当時の海が丁度この度の浸水区域に当たるということからも、この地域が白鳳地震によりまして沈下したのであろうということが想像されるのであります。実際この想像が荒唐無稽のものでないということは、近代に起こりました宝永、安政年代の南海大地震におきましても、全く同一地域に同様な地変が起つたということから、先ず間違いのないことが推定されるのであります。