2020-06-16 第201回国会 参議院 農林水産委員会 第14号
それから、愛玩動物の飼育は禁止ということが書かれていて、けれども、犬というのは、私は農家で育ったので、農家はもうどこでも犬飼っているんですよ、番犬として。愛玩動物じゃないんですよね、番犬として飼っていて。それで、やっぱりいろんなよく分からないものが来たりするとわんわんほえて、ほえて追っ払うということなんですね。
それから、愛玩動物の飼育は禁止ということが書かれていて、けれども、犬というのは、私は農家で育ったので、農家はもうどこでも犬飼っているんですよ、番犬として。愛玩動物じゃないんですよね、番犬として飼っていて。それで、やっぱりいろんなよく分からないものが来たりするとわんわんほえて、ほえて追っ払うということなんですね。
安倍政権では、官邸のアイヒマンと呼ばれている人が国家安全保障局長に、官邸の番犬と呼ばれている人が検察庁ナンバーツーの次長に昇格しました。そして、今度は、官邸の門番、官邸の代理人、官邸の用心棒と呼ばれる黒川氏を検察トップにつけようとしています。 長期政権が警察、検察権力を掌握することに、私は恐怖を感じます。
通貨の番人であるはずの日銀の黒田総裁は、野党議員の出口戦略に関する真摯な問いかけに対し、法の番人どころか、三権分立の国会の自律権を侵害し、政治的発言までを行う総理の番犬と成り果てた横畠内閣法制局長官と同様、薄ら笑いを浮かべながら、何ら具体策を語ろうとしません。
だけど監査委員は何の責も負わないということですから、監査委員の任命の仕方、これはね、ちょっと言葉が過ぎると言われますが、泥棒を監視するために泥棒の仲間を番犬として連れてくるというのと余り変わりない。それだから、そういう癒着する仕組み、これが制度設計の基本的な問題なんですよ。利害関係のない者に監視させなきゃいけないのに、利害関係のある者に監視させる。この仕組み、間違い。
チェック機能はジャーナリズムの生命である、欧米では象徴的にウオッチドッグ、番犬と表現されるこの監視、チェック機能こそ、メディアが健全な社会をつくり、維持するために最も期待される役割だ、これを忘れてメディアが権力と癒着したり、メディア自身のモラルを低下させてセンセーショナリズムに走ったりすることは許されないと。 本当にそのとおりだと思うんです。
この法律が、本当に国民の安全を守る番犬となるのか、野良犬となるのか、あるいは狂犬として外に出ていくのか、鎖はきちんと首に巻かなくちゃならないんじゃないかと。このシビリアンコントロールということをしっかり我々はやっていきたいなというふうに思います。
今長官は、大変失礼な言い方になるかも分かりませんが、安倍政権の番犬じゃありませんか。それを進んで受け入れていると言わざるを得ません。あなたが本来の職責を果たさなかったために生じる戦争犠牲者にどのような責任を取るのか、その覚悟はおありですか。
よく言われる言葉に、メディアの本来の機能はウオッチドッグ、権力を見張る番犬であってペットになってはならないというものがあります。報道機関が持つべき権力監視の機能を強調した言葉なわけです。 昨年の四月、毎日新聞に、NHKの問題を考えるときによく比較される、先ほども出ましたが、イギリスBBCの元会長、グレッグ・ダイク氏のインタビュー記事が載りました。
ですから、憲法の番人なのか、安倍内閣の番犬なのかというような話も出ておりますけれども、私はそれは非常に重要な意味だろうと思います。 もし人事の件で何か圧力があったならば、それを拒否をされ、次の候補の方も拒否をされれば、私ははね返せるんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。
おっしゃる番犬という意味で残された方もあります。私も、実際、知り合いの家族がペットのことで困っていましたので、猫を二匹引き取りました。結果として、多くの犬が外につながれたまま置き去りにされまして、もう三年が経過しています。今も鎖につながれたままの犬が約百二十匹いることが分かっています。
一方、計画的避難区域であった飯舘村につきましては、当時、必要に応じて住民の方がペットを連れて避難することが可能であったこと、さらには番犬にしているということもあるため、環境省としては旧警戒区域と同じような保護活動は行わずに、動物愛護管理行政を担当する福島県が対応しているものでございます。
ところで、昨日の本委員会の御審議において、他の党の所属の委員ではございますが、御質問の中で安倍内閣の番犬という御発言がございました。私としてはこのような御指摘をお受けすることはできません。この委員の所属されている政党は日頃、国民の基本的人権を殊更重視しておられます。
憲法の番人なんだから、安倍政権の番犬みたいなことをしないでください。 総理に聞きますが、今までのことも踏まえて、これまで政府は憲法に照らして、我が国に対する武力攻撃発生しないときには、海外での武力行使も、他国の武力行使と一体とみなされるものもできないというふうにしてきたんですね。間違いない。今の確認されました、憲法に照らして。
特に、九〇年代の初頭から、日米構造協議もあって、ほえない番犬と言われていた公取が機能するようにという状況もあって、以降、いろいろなカルテルの事件、談合の事件について、公正取引委員会として摘発を行ってきたわけであります。 これで見ていただくとわかるように、網のかかっているところがカルテル、談合事件を起こした企業であります。三十六の役員企業のうち、網のかかっているのを全部数えますと十九に上ります。
こういう中で、これまで竹島委員長は、ほえない番犬と言われた公正取引委員会を、ほえる番犬に変えてこられたな、私はこう思いますし、竹島委員長を一定評価していきたい。二期目のときも、我々民主党は賛成をいたしました。そして、今回、御勇退をされた、こういうことであります。 竹島委員長の時代は、公取の姿勢と同時に、やはり体制整備もしてきた、こう思います。制度整備もしてきた、こう思います。
中略いたしますが、これは適切かどうかというと余りこの表現、適切じゃないと思いますが、ほえない番犬から闘う公取へと変えたんだと、このような評価がなされた上で、竹島氏の力以上に時代の要請だったというふうに分析をしております。 昨年九月には「電力市場における競争の在り方について」とする報告書を出して、発送電分離あるいは小売部門の自由化が必要というふうに指摘もしております。
先代の竹島委員長、ほえない番犬からほえる番犬、あるいは闘う公取ということで、談合の摘発に徹底的に力を入れてこられた、リーニエンシー制度、こういうものを設けた、あるいは、企業合併につきましては、この審査期間を短縮する、あるいは、世界市場のシェアを考慮に入れたガイドラインをつくる、こういうことで大変高く評価をしているところでございます。
退任の際の会見でも、後任が空席になるに当たって、本当に残念だ、一日も早く補充をお願いしたい、今までほえる番犬として内外の評価を上げようと努力をしてきた、それがもとに戻ってしまう危険性があると。 なぜこの後任人事を決められないのか、理由の説明を求めます。
確かに、福島県の場合は、東京都心部のようないわゆる座敷犬というような、家庭で飼う、そういうペットではなく、表で農家の番犬というような形で飼う動物、いわゆる中型犬、大型犬が大変多いという特色があります。したがって、そこで長い間ケージに飼われますと、もう約一年たちますので、恐らく、人にだんだん懐きにくくなる、野生に戻っていく、こうした傾向性もあるのではないかと思います。
このときには、愛玩動物としてではなくて、使役、つまり番犬という観点からの犬の協会でございまして、家畜の改良という観点から農水省の対象になったわけでございまして、農水省は、だから、昭和二十四年の協会の設立を認可したわけでございます。
○筒井副大臣 以前の番犬使役用の犬の場合にそういう取り扱いをしておりましたが、現在の愛玩動物、ペットに関しては、それとは違う概念で対象にしなければいけないというふうに考えておりますので、違ってまいりました。 このケネルクラブの現在の業務は、先ほど申し上げたように、ほとんど愛玩動物としての業務が主でございますから、動物愛護法の対象として管理をしなければならないというふうに思っております。
彼は、中華民国にとって二十一カ条要求は不平等条約そのものであり、受け入れは日本帝国主義を認めたのと同義だと主張した後に、最後に、今後、日本は西洋覇道の番犬となるか、あるいは東洋王道の干城となるかと問いかけて、日本国民が慎重に考え、選ぶことにかかっていますというふうに結んだとされています。総理がそこの部分を今ちょっと言われたんだと思うんですが。
あるいは、金融関係のプレスクラブ、記者クラブですね、金融庁及び日銀のプレスクラブ、記者クラブの廃止、これもやっぱりほえない番犬という問題を解決する一つのやり方ではないかと思います。やはり企業が漏らしちゃいけない情報を漏えいしたときに刑事罰として扱うということも必要ではないかと思います。