2021-03-16 第204回国会 参議院 国土交通委員会 第2号
私、政権が替わって復興副大臣も拝命をしたときに、岩手県の三陸海岸を視察をしました、普代村と田野畑村。田野畑村には八メーターの防潮堤が造られていました。普代村の村長さん、隣が八メーターだけれども、貞観津波があった歴史も踏まえて、うちは十五・五メーター、倍の防潮堤を造ろうと、造り始めました。
私、政権が替わって復興副大臣も拝命をしたときに、岩手県の三陸海岸を視察をしました、普代村と田野畑村。田野畑村には八メーターの防潮堤が造られていました。普代村の村長さん、隣が八メーターだけれども、貞観津波があった歴史も踏まえて、うちは十五・五メーター、倍の防潮堤を造ろうと、造り始めました。
しかも、自衛隊の、旭川からいらしていただいたんですが、川の向かい側の方に基地をつくりまして、そこから宮古市、隣の田野畑村へ応援に行った、そういった形でありました。
例えば、中学生用の副教材においては、「いきる」では失われた命と新たな命の双方に向き合った医師や自衛隊の援助・支援活動、「かかわる」では田野畑村の復興子ども会議、「そなえる」では応急手当ての基本などをそれぞれ扱っております。
私の地元であります岩手県の久慈市、野田村、田野畑村を視察していただいたところでございます。きょうは、その視察も踏まえまして幾つか質問をさせていただきたいと思いますので、ちょっと質問が岩手のことに限定されてしまうところがあるかもしれませんが、その点はお許しをいただきたい、こういうふうに思います。
翌二十三日、久慈市、九戸郡野田村及び下閉伊郡田野畑村を視察しました。 久慈市では、遠藤市長より、久慈港の湾口防波堤の早期完成、再生可能エネルギーの普及に向けた送電網の強化及び津波浸水想定区域内にある小学校の高台移転改築費に対する高率の補助について要望が出されました。
さて、岩手県沿岸部、久慈市、野田村、田野畑村と視察をさせていただきました。先ほども委員長の御報告、また鈴木委員の御指摘の中にも多々ございましたけれども、いろいろとインフラ復旧は進んできたものの、やはり被災地のなりわいの再生という観点ではまだまだ重点的に取り組まなければいけない、そういった思いを新たにしたところでございます。
岩手の沿岸地域、北から、種市、久慈、そして野田、普代、田野畑、岩泉、こういうところは計画に基づいて動いておるわけでありますけれども、やはりリアス式海岸のところ、宮古から下っていきますと、山田、大槌、釜石、大船渡、陸前高田、そしてまた、県境を越えて宮城に行きますと、気仙沼、南三陸、女川、石巻、あるいはまた東松島等々、そしてまた、仙台から福島の方に向かいますと、これは砂浜なんでありますけれども、名取とか
現に田野畑で山地酪農をやっている方も、この人は数少ない成功例のようですが、ブランド化をして、大消費地にもミルクを売って、非常に経営がうまくいっているということのようであります。こういう成功事例、これは経営者の自主的な経営も支援するという側面での支援ということになると思うんです。
私の地元ですと、田野畑村というのがありまして、そこで、これは自然放牧の中の一つの形態なわけですが、山地酪農というんですね。これは、別に田野畑だけじゃなくて、西日本でもされていることなんですが、雑草なんかを食べさせてやっているということを聞いたこともあります。
中国は非常に多くて、まだまだ、契約栽培ですから、そう簡単に市場でだあっと増えるというわけにいかないかもしれませんけれども、まさにこういう森林組合、いろんな組合が、例えば島根の邑智郡というところは先ほど言っていただいたキハダを作っておりますし、それから岩手の田野畑村でございましょうか、クロモジをやっぱり組合として作っていると、こういうことでございますから、こういった取組を広げていただくように積極的に支援
地図からいうと、その下の村には田野畑村という村、四千人の村です。田野畑村には八メーターの防潮堤が造られていました。大震災で大津波、八メーターを超える大津波で死者、行方不明二十九人、全半壊五十七戸と。しかし、普代村は十五・五メーターの防潮堤を造りました。当時の村長さん、今から四十数年前です、何と無駄な公共事業をやっているんだ、村民の皆さんから言われたそうです。
そして、文章は、「今年四月には、陸中野田〜野田玉川間の線路も再建され、分断されていた鉄路が田野畑までつながる予定だ。 全線が運休している南リアス線も、今年四月から一部で運転が再開され、平成二十六年には全線の工事が完了する予定だという。」こんなふうにしてJR東日本は大々的に北リアス線の宣伝をしているんですよ。
政治家としてちょっといかがなものかなというものが、よく私はインターネットで、これは何回も皆さんお使いになっていると思うんだけれども、今度の震災で、例の田野畑村と普代村の話。
岩手県の田野畑村の消防団員の中には、津波を防ぐために水門閉鎖に向かっていった、このような例もございます。 そこで、これは共済の制度があるんですけれども、共済は、これだけ多くの死者となりますと、共済金の方が足りなくなってしまうということなんです。この点について、我が党の木村太郎議員の方からも質問主意書の形で政府に投げておりますけれども、この消防団の皆さん、これは皆さんボランティアですよ。
現在この瓦れきの処理に何人地元の方を雇用しているかということは、全体を今把握しているわけではございませんけれども、少なくとも岩手県におきましては、大船渡市、釜石市、山田町、田野畑村などの自治体で瓦れき処理等の人手として合計二千四百人の地元住民の雇用を見込んでいると、こういうことでございます。
吉村さんは岩手県田野畑村の人々と交流を深めて、一九九八年に寄贈した蔵書を基に吉村文庫が開設されておりましたけれども、今回の津波で約七百五十冊の蔵書が全て流失してしまいました。
先日、岩手の本当に北の方の野田村あるいは田野畑村の方に行ってまいりますと、仮置き場に、十メーター、二十メーターの大きな大きな瓦れきの山になっているんですけれども、その中には当然、アスベストが含まれた建材が多く含まれております。
これは田野畑村の横にあるんですけど、ここは一八九六年に千十人の死者を出しているんですね、二度起きまして、その次の震災のときには津波でやっぱり六百人の被害者を出しているんです。そこで、当時の村長さんが、これではいかぬと、二度あることは三度あると。三千人の村なんですね。防波堤を造ろうと。どこも造りました。宮古も造りましたし、どこも造っているんです。
今の関山さんのお話で言いますと、沢内村で御説明になったことが、ほかの例えば山形とか田野畑とかずっとありますが、出生率が高いところでも同じように、ある意味で未婚者が少なくて既婚者だけ残っているということで高くなっているというふうにお話しになっているのか、あるいはそうじゃなくて、やはり都市部よりはこういったところの方が間違いなく出生率が高いということなのか。
田野畑村、宮古市、大船渡、随分きれいな海岸があり、そして、それぞれのところで漁業を盛んにしようという取り組みが首長さん、議会の方でなされておりますけれども、そうした漁業資源の確保ということで、毎年七月二十日に海の日が行われております。その海の日からかなり離れた日に、全国豊かな海づくり大会というものが、相当寒くなってから、十一月とか十月に行われているわけですね。
さらに、低気圧の影響で最大瞬間風速が大船渡市で三十五・一メートル、宮古市三十二・一メートル、盛岡市で二十八・二メートルを記録するなど、強風が吹き荒れ、沿岸地方では田野畑村にある観測所で十三・九四メートルの高波を観測するなど、大しけとなりました。
といたしまして岩手県の例を御指摘になったわけでございますが、ただいま御指摘の町村につきましては、私どもその事実を承知いたしておりませんが、先般、これは三月の二十日の読売新聞にざら紙の放出についての投書がございまして、これも岩手県からの投書でこざいましたので、岩手県におけるざら紙のあっせんの状況がどうなっておるかということにつきまして特に照会をいたしたわけでございますが、私どもが調べましたのは、下閉伊郡の田野畑
それから船舶の被害といたしましては、久慈市、宮古市、下閉伊郡岩泉町、普代村、田野畑村等にそれぞれ発生しております。 それから福島県の被害は、負傷者が六名出ておりますが、これはいずれも強風のために倒壊いたしました家屋の下敷きになったり、あるいは屋根の修理中に転落したというものでございます。