1988-05-27 第112回国会 参議院 決算委員会 閉会後第2号
○井上裕君 今ちょうど田村通産大臣がおいでになりましたが、これは田村構想といいまして、田村運輸大臣のときに、これはもう十年前に、空港の犠牲になりあるいはまた空港に千葉県は協力しろ、そのかわりおれがやってやるというのがこのB案、田村構想というものが実ったわけです。
○井上裕君 今ちょうど田村通産大臣がおいでになりましたが、これは田村構想といいまして、田村運輸大臣のときに、これはもう十年前に、空港の犠牲になりあるいはまた空港に千葉県は協力しろ、そのかわりおれがやってやるというのがこのB案、田村構想というものが実ったわけです。
いわゆる田村構想、これは五十二年十一月で六年以上も前であるのに、法的には何ら新幹線計画を白紙撤回するということをしていないわけですが、なぜ六年間もたっているのに法律上の手続は行われていないのか、また、これからいつになったらこの新幹線計画取りやめの法的手続が行われるのか、お伺いします。
五十二年ころより田村運輸大臣のもとにおきまして成田新高速鉄道という構想ができまして、これは土屋から千葉ニュータウンのところを通りまして北総に入って高砂から今度は地下鉄の八号線を下ってくると、こうやって都心に入ってきて最後は新幹線の東京駅に入ると、こういうような構想が出て、これにつきまして関係者間で協議が現在まで続いてきたわけでございますが、また最近、この利用につきまして新しく成田新高速鉄道のいわゆる田村構想
この部会においてどんなことを検討しているかということを御説明いたしますと、この田村構想というのは御承知のとおり成田から印旛松虫を通りまして宅地開発公団のルート、それから北総株式会社のルートというのを経て、高砂から今度は地下鉄の八号線を下りまして、それから新幹線ルートの方に入って東京に入る、こういうルートなんで膨大な資金がかかる。
そういったいろいろな御要望を総合的につかまえていくのにはどうしたらいいかというので田村構想が生まれたわけで、その流れからいきますと、ひとつ、いまこれは別に固まっている案ではございませんが、いまの先生の御説ではございますけれども、新幹線ルートというのは新幹線じゃなくて通勤ルートに変えたら使えないかという考え方も一部にはあるわけでございます。
○政府委員(山地進君) 私の理解は従来から、成田新高速と一緒だから八号線を推進するというふうな理解にはなっておりませんで、田村構想とは別のものとして八号線は八号線の必要性なり緊急性なりというようなものから判断されるべきものである、こういうふうに考えております。
しかし、いまになってみますと、この田村構想ということは非常に実現が不可能ではないかという点があるわけです。したがって、この問題についてきょうここで私は田村構想をすぐ撤回しろとは言いませんけれども、この問題が一つのネックになって地下鉄八号線の問題が解決できないんじゃないかという危惧すら出ているわけです。
したがって、田村構想と関係なしに、結論的に田村構想が将来つながる場合は私はいいと思うんです。しかし、それがあるために地下鉄八号線の促進ができないというこういう立場の歯どめにならないように、この点は運輸省としても明確にしておいていただきたいんです。これもう一度いいですか。
私は、まごまごしていると、新幹線や田村構想鉄道より早くこのHSSTが実現してしまうのじゃないかというように思うのですけれども、このHSSTについてはどのようにお考えになっていますか。
世論は大体田村構想の方にいっちゃった。こういうぐあいになっているので新幹線の構想は消えていない。それで駅の予定のところは一つだ、二つが入るには余りにも狭いのじゃないか。新幹線が入っていって、この高速構想に基づくところの鉄道が入っていくということになると、これはもう収容限度を超えてしまう。駅の設備としてもこれは違うんですからね。
私はいま、はからずも森山大臣にかわっておられますので、田村構想なんということを口に出したらごきげんが悪くなって困ると思いましたので、運輸省当局のという言葉で出しているのですが、一国の大臣もしくは運輸省の代表であるべき者が、千葉県におみやげとしてこういう問題をやりましょう、こう出されたものが、それは言われる方も出される方も結構なことなんですけれども、当初新幹線計画を立ててやろうとしたものが、美濃部都知事
○山上政府委員 先生御指摘のいわゆる田村構想、成田新高速鉄道構想、これにつきましては、昨年四月以来例の協議会、これも御承知のとおりですから構成メンバー等申し上げませんが、これにおきまして、輸送需要、採算性、それから建設の、あるいは運営の主体、具体的な計画路線等につきまして、具体的に検討をずっと行っております。しかし、この構想につきましては、御承知のように、関係者もいろいろな立場から多いわけです。
そのやめる二日か三日か、あるいはやめる日だったかわかりませんが、田村構想による新線構想が発表されたわけですね。いずれにせよ、やめるほんのそばだったのです。しかし、これは前大臣に私が聞いたところが、それも一つの方針でつながっております、あなただったか、前の鉄監局長に聞いたときも、それもつながっておりますというような答弁だったわけです。
○佐野(進)委員 田村構想は……。
いま田村構想ということで出ておりますけれども、先ほども申し上げましたように、新幹線についてはもともと千葉県知事が非常に強い反対をしておられるわけでございまして、それが新幹線を進める上の大きなネックになっているわけでございます。千葉県知事としては、先ほど申し上げましたような形の提案、要望が出てまいりまして、それではひとつ検討してみようということでいま検討をいたしておるわけでございます。
したがって、いまたとえば新幹線の考え方と田村構想というか新高速鉄道と申しますか、そういうようなものにつきましても、どちらにするかということは私、正直言って決めかねております。決めかねておるということは、優柔不断であるということではございませんで、いまの状況でどちらと簡単に言えるようなことではとてもございません。
しかし、田村構想なるものが千葉県知事との話し合いで推進すべきだと決まったとするならば、千葉県側においては少なくともその構想を実行するだけの必要なる手段を——特にこの場合においては新幹線を重複する部面もたくさんあるわけです。
田村構想として打ち出された成田新高速鉄道、これは通勤対策あるいは旅客輸送等、さらに千葉ニュータウンの人口急増対策といたしまして、輸送手段の今後本当に決め手ともなる大きい問題だろうと思います。 すでに去る四月四日の日に、千葉県あるいは国鉄、営団地下鉄あるいは京成、北総鉄道、宅地開発公団、こういう方々で、東京−成田を結ぶためには皆さんの協力を得て成田新高速鉄道というものの実現を図っていただきたい。