2020-11-12 第203回国会 衆議院 総務委員会 第2号
これも、まさに五十年前、田中元首相が言った話です。けれども、全く何もできていません。私は、こういう大胆な改革に取り組まないから、東京一極集中、地方衰退、これが続いているんだと思っているんです。 そういう意味で、この間の大阪都構想、残念ながら否決はされましたけれども、本当に大都市制度に一石を投じるすばらしいチャレンジだったと思っています。
これも、まさに五十年前、田中元首相が言った話です。けれども、全く何もできていません。私は、こういう大胆な改革に取り組まないから、東京一極集中、地方衰退、これが続いているんだと思っているんです。 そういう意味で、この間の大阪都構想、残念ながら否決はされましたけれども、本当に大都市制度に一石を投じるすばらしいチャレンジだったと思っています。
○森ゆうこ君 小泉訪朝のときに、その準備をするために最低でも二十五回は交渉に当たったという田中元外務審議官が、今回の総理の金正恩委員長と条件を付けずに会うという発表、もう一年近くたちます、ここには外交のにおいが全くしないと。普通そういうことをおっしゃるのであれば、ある程度交渉をして、そういう準備が相当整っているときにしかそういう発表しないんですよ。
田中角栄元総理が母校である新潟の二田小学校の元校長、草間道之輔先生を生涯尊敬し、昭和四十九年に制定された教員人材確保法の制定にも、この田中元総理の草間先生への敬意が影響したことは実に有名な話であります。 かつて教師は、村や町の名士、インテリ、先生様でありました。昭和四十六年の給特法制定時も、まだそんな雰囲気、名残はあったことだと思います。
IEAの田中元事務局長は、IEAが昨年、というのは二〇一七年で、一八年段階で言われたんですが、その報告で、多くの国で太陽光が最も安くなると指摘したことにショックを受けたと述べられております。一方で、原発は、福島原発事故以降、安全対策費がかさんでコストが上昇していると指摘されているんですね。
田中元局長の交渉をめぐってはこれまでも、その交渉記録のうち公電の二つが欠落したと、こう言われています。外務省に記録担当者あるいは通訳が取った交渉記録は存在するのでしょうか。
○国務大臣(岸田文雄君) 田中元局長が関与したいわゆる小泉総理訪朝前の日朝交渉ですが、この交渉については、どこで行ったかとか、いつ行ったか、こういったことは明らかにされていないと承知をしています。ですから、その内容について詳細を説明することは控えさせていただきたいと思いますが、ただ、御質問の二回のこの交渉記録、その間の交渉の中で二回、この交渉記録が存在しない、それはそのとおりであります。
田中元法務大臣と寄附をした法人の代表者が日ごろからおつき合いをされていたことから、問題がある可能性を十分予想できた。実際、田中元法務大臣は、記者会見で経営者の国籍はどういう形でお知りになったのですかという質問に対し……(田嶋委員「ダブルスタンダードとお考えかどうかを聞いておるんです」と呼ぶ)大事な点でございますから、聞いてください。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) これは恐らく田中元法務大臣の件だろうと思いますが、田中さんの件と宮沢さんの件がいかに違うかということを御説明いたしますと、寄附を受けた民主党神奈川県第五総支部の平成二十一年の収支報告書に寄附した法人の代表者名が外国籍名で記載されたこと、そして、田中法務大臣と寄附をした法人の代表者が日頃からお付き合いをされていたことから問題がある可能性を十分予想できたわけであります。
田中元法務大臣の件については、寄附を受けた民主党神奈川県第五区総支部の平成二十一年の収支報告書に、寄附をした法人の代表者名が外国籍名で記載されていました。そして、田中法務大臣と寄附をした法人の代表者が日ごろから親しくつき合っていたという点。
一昨年十月、我が党の田中元法務大臣の外国人献金に関して、当時の自民党安倍総裁は、国会議員、とりわけ内閣の一員は、外国から絶対に影響を受けてはならない、当然これは辞任を要求しなければならないと述べました。 安倍総理にお尋ねします。 よもや、御自身の発言をお忘れではないと思いますが、今回の宮沢大臣の外国人献金問題に関しても、当然同じ対応、すなわち大臣辞任を促すのでしょうね。
二点目は、一九七四年一月に田中元首相が東南アジアを歴訪したときに、東南アジア各国で反日デモに遭いました。特にバンコクでは反日デモのために空港に行けないという事態にも陥ったんですが、これはなぜだったかというと、その当時、日本からの製品が東南アジアに一気に流出していて、人々の間に日本の経済帝国主義であるという感情があったからです。 このようなことは今はありません。
やはり早急に現場に田中元委員に入っていただいて、そしてつぶさに現場を見ていただく必要があるというふうに思います。 後ほど理事会で御協議をいただくと思いますので、ぜひお取り計らいをよろしくお願いいたします。 そして、事故の原因も全て特定できたわけではない。事故の経過、進展プロセスも十分に解明できていない。
加えて、田中元委員に見せた動画は、建屋内部は明るい状況だったというわけですけれども、これは、田中さんによれば、何と実は既に建屋カバーが覆った後の内部の映像だったと。これは、何から何までうそっぱちだったわけではありませんか。これで納得できるはずがありません。 ましてや、国政調査権に基づく事故調査委員会であります。事故原因の究明にも直結をしている。
これは、マスコミ報道によると、当日の会話を録音したテープがあるというふうに報道でございますけれども、田中元委員にお伺いしますが、録音したテープというのはあるのでございますか。
これで田中元首相に対する判決が下されたわけですが、この指導、助言等の指示というのがここで御議論になっておられる指揮監督かというと、それは違うのだというのが内閣法制局の大森長官の当時の御答弁であったと思います。
大臣、ロッキード事件は高校や中学の政経の教科書には田中元総理の名前と一緒に載っております。ロッキード事件が載った政経の教科書や歴史の教科書を読む児童生徒が、この提言によって道徳の教科化をされた場合、納得して道徳を受けられると思いますか。明確に答弁ください。
今回取りまとめました論点整理、あるいは漏えい問題の中間報告につきまして私どもの方で取りまとめたわけでございますが、その中で、今先生からお話がございました中国側との研究会でございますが、これにつきましては、事務局長を先ほどからお話がございました田中元顧問がお務めになった、その際、中国に向けての貿易問題を語っていく上で、どのような方が適切かどうかということを中国側の大使館の方に打診したところ、今先生の方
中国農発食品からの要請を受けまして、田中元顧問が作成したものでございます。宛先は、鹿野前大臣宛てのものと、筒井前副大臣宛てのものがございました。 その際に、筒井前副大臣からは、鹿野大臣には自分から話をしておく、私信であるので、事務方は特段の対応を行う必要はないが、承知してほしいという御発言がありました。
あわせて、田中大臣の政治姿勢を知る上でお聞きをしますが、あなたは、岳父田中元総理から一体何を学ばれたのでしょうか。田中元総理と田中直紀大臣の違いは何か、そのことをお尋ねして、私の質問を終わります。 御清聴ありがとうございました。(拍手) 〔内閣総理大臣野田佳彦君登壇、拍手〕
なぜ沖縄県民が、田中元局長の発した言葉になぜこんなに傷を付けられた、傷が付いたというふうに言っているのか。その辺のバックグラウンドを何も知らないで謝罪をした、謝罪のような言葉を発したという、そういうことになると思いますよ。大臣、いいんですか、それで。
そして私は、今第一審での田中元総理についてのことについて御発言になられましたけれども、今回も、確かに石川知裕さんは起訴段階での議員辞職についての検討なんですけれども、田中さんのときとは決定的に違うことが一つあるんですよ。 石川議員は、確かに、みずからの自白について誘導されたものだと争うために、取り調べの際に隠し録音をしたやりとりを証拠として提出しています。
○菅内閣総理大臣 私も長年この国会に籍を置いて、ちょうど私が一九八〇年に当選したころには、田中元首相がかなりの大きな影響力を持たれておりました。 率直に申し上げまして、政治家の政治と金の問題というのは、最終的には、これは政策論とは若干違いますので、御本人がきちんと説明されれば、国民の皆さんが納得されればそれで一つの方向性が出るわけです。
そして、田中元総理、大変な力を持って、やみ将軍とも言われておった方だ。いろいろな支配をしていると言われておった方だ。そのことをめぐって、昭和五十八年、私はまだ国会議員になっていなかったけれども、政治不信が高まった。そのときに中曽根総理・総裁は何をしたか。みずから田中さんに会って、友人として、出処進退をきちんとするべきだ、中曽根さんはそう言ったじゃありませんか。