2016-01-21 第190回国会 参議院 決算委員会 第2号
確かに、農家の、特に牛の農家の皆さん方は、オーストラリアとEPAを結ぶと、どっとこれは安い牛肉が入ってきて、そして価格が下がる、そして、我々牛飼いができなくなるのではないかという懸念をされておりました。私もやっぱりそのことを懸念をいたしまして、いろいろ役所の皆さんとも議論をさせていただきましたが、現状はどうだろうかということであります。
確かに、農家の、特に牛の農家の皆さん方は、オーストラリアとEPAを結ぶと、どっとこれは安い牛肉が入ってきて、そして価格が下がる、そして、我々牛飼いができなくなるのではないかという懸念をされておりました。私もやっぱりそのことを懸念をいたしまして、いろいろ役所の皆さんとも議論をさせていただきましたが、現状はどうだろうかということであります。
でも、そんな中でこの牧場を今やっておられる吉沢牧場長は、牛飼いの誇りにかけてこの牛たちを守っていくんだとおっしゃっているんです。私は、ここに多くの国民の皆さんが訪れて、このふくちゃんを初め、多くの亡くなっていった無実の動物たちにお花を手向けられるような、そういう日本人の心を失ってはならないと思います。 動物の命を奪うのも人間であります。
それで、直接被害を受けている川南町の農家は、もう二度と牛飼いなんかしたくないという声があったり、あるいは、もう体力も気力もないと、そういう絶望のふちに立たされている状況があるわけです。この背景には、やっぱり現在の畜産農家が置かれている厳しい経営状況があるというふうに思うんです。
例えば、もう既に、あれはどこでしたっけね、あの離島、島根県海士町などでは、建設会社が遊休の牧草地を借り上げてこれ特区にして、リースホールド方式で牛飼いを始めるんですね。
それで、生産者の方が、我々この牛飼いが忍びないのは、本当に屠畜場に出していったんBSEが出ると、子供のようにかわいがって育ててきた牛が全部持っていかれちゃうと。そして、もうそういう意味では酪農家は恐怖と背中合わせだという話をされていて、本当にそうだと思うんですね。それで、今やはり農家が牛を抱えられる限界のところにあると。
枝肉単価千九百五十六円で、売り上げも九十万六千円余となっておりますが、私も学校を卒業以来四十年近く牛飼いを行っておりますが、これほどの打撃は過去に例はなく、牛肉の風評被害の大きさには驚きと、今後の肥育経営には大きな不安を持っております。 平成十三年九月十日にBSEが疑似発症し、さらに九月二十一日には真症と確定されました。
もし出たときには、もううちの方では牛飼いはおしまいだなと、肥育はおしまいだなという、もうそういうお話まで出ております。本当に、使っていなくても検査をされるということは、非常に不安の毎日だということで、大変苦慮しているところでございます。 以上でございます。
しかし、もっと前をたどると、私の承知する範囲においては、名目は所得補償という表現ではなかったかもしれませんけれども、例えばヨーロッパの山岳地帯で国境を接する国が、そこに牛飼いの人やきこりというか、そういう方に一つの保護をすることによってそこに住んでもらい、フロンティア、国境ラインが変わらないようにしたという、そんな歴史が私はあったと思います。
あるいはリース式の、アパート方式の牛飼いなんかをやってみたらどうか。そうすれば、高齢者も女性の方もそこへ集まってきまして、いろいろなコミュニケーションの場にもなりまして、楽しくやれるわけでございます。
私の町にも、牛飼いはやりたいのだけれども、労働力の都合によって今搾乳をやっておれない、こういうことで搾乳をやめられる農家の方がいらっしゃいます。 酪農というのは、私も五十年やっていますけれども、盆も正月も、いかなることがあってもいわゆる飼育、搾乳、管理というのは欠かせない。今の職業の中にこんな職業ありますか。
御存じのように、繁殖農家の中には、お年寄りや御婦人が牛飼いを担当しておられる事例が各地で見られるわけでございます。このような方々にとりましては、子牛を売ったお金はいわば一年一度のボーナスのような意味を持っておるわけでございます。このボーナスを楽しみにしながら、日夜牛飼いに励んでおられる方々も少なくないのでございます。
これは時間的に何時間だと言われれば、何時間といっったって農業の場合は時間を超越しておりますから、私だって日誌を書けば、代議士の行動と農業の行動となら、三分の一くらいは牛飼いをやっていたつもりでおります。今はだめですけれども、昔の話になりますが。そんなときでも、おまえはもう農業者でないよと決めつけられてしまうことに私は大変強い不満を覚えたものでございます。
お年寄りに牛飼いやらせた、あれはいいことだ。そこで農業者には最後まで、息を引き取るまで農業に対する情熱を失わせないことをやらせる。しかも農業者年金も、厚生年金掛けている人と同じように、労働者と同じような老後を保障する、こうでなければ大臣の言う幸せというもの、農民の老人に対する状態は出てこないわけです。したがって、今度自殺が発表された、かなり農民の自殺も多い、こういう格好になるわけでございます。
御承知のように、繁殖農家の中にはお年寄りや御婦人が牛飼いを担当しておられる事例も各地で見られるわけでございまして、このような方々にとりましては子牛を売ったお金はいわば一年一度のボーナスのような意味を持っておると思います。このボーナスを楽しみにしながら日夜牛飼いに励んでおられる方々が少なくないわけでございます。
あるいはまた、大分の竹光さんのお話を承りますと、これも一生懸命牛飼いをやってきた、しかし莫大もないところの負債がたまってしまった、固定負債だ。これをほったらかしておけばつぶれてしまうのだ。だから何とかして手当てはしているけれども、しかしこの先一体切り捨てた方がいいのか、あるいはまた守り育ててやらなければならぬのか。守り育ててやるとなれば、またそれ相当の新しい手だてが必要なんじゃないか。
しかし、今のように肥育和牛が大変経営危機になっているというようなことで、県の老人牛飼い事業なども来年度からはもうやめるのだという後退したような施策までとられる状況になっているのです。 特に、ある事例でお話をしたいと思うのですけれども、これは出雲市の山間地、三十六歳の方の経営していらっしゃるところなんですけれども、育成牛が二頭、繁殖牛十一頭、子牛出荷用九頭の規模で肉用牛飼養をやっているわけです。
ミカンがなり出したというような、あるいは牛飼いもなれたというときには、今度はこれはだめだからやめなさい、自殺しなさいと言わぬばかりのような結果を出そうとするのは、これはとても忍びないことであって、やはり農水省が指導をしてきた責任、大臣はかわっても、役人はかわっても、先輩がやらしてきたことをば何らかの形で守っていかなければならない。
○矢山委員 農林水産省としては、繁殖雌牛の飼養頭数の伸び悩みが子牛生産の収益性の低さや子牛価格の不安定性に根差すものである以上、牛肉輸入の自由化とか輸入枠の拡大とか、絶えず不安を抱いておる生産者、農民が、安心して牛飼いに専念できる政策的な裏づけこそ頭数増加を実現する要件であると思います。
「私のところは五、六十頭の牛飼いですけれども、日も夜もなく働いて負債が五千万もあります。年五百万円ぐらいの赤字です。われわれ農民が休日がないのは仕方がないが、人並みの生活ができるようにぜひともお願いをしたい。」こういう切実な願いに対する答えをこれからあなた方お出しにならなければいけない。御決意を伺います。
なかなか名文なんですが、春まだ遠い北海道、すなわち農業立地の限界地帯において酪農、牛飼い以外に何もできない人々に死刑の宣告をすることのないよう特段の配慮を願いたい。
傍ら北海道農民連盟の副委員長として酪農畜産対策を担当し、あわせて全国乳価共闘会議の副議長として、全国の牛飼いの仲間とともに酪農畜産対策に取り組んでいる者であります。本委員会におかれまして、私たち実際に牛を飼い、乳をしぼっている当事者の意見を徴して、ことしの酪農畜産政策のあり方を探ろうとされる先生方各位に、深甚なる敬意を表するものであります。