2020-12-08 第203回国会 参議院 農林水産委員会 閉会後第1号
和牛の中でも栄光号など名前に号が付いているというぐらい血統書付きの立派な牛たちで、高額で売れます。つやつやでございますけれども。 この黒毛和種において少しでもブランド化して市場で高く売ろうと考えるという、これは市場の傾向でございますが、そうすると、ほかのいろいろな牛と交ざって交配させてしまい、遺伝子が失われてしまう可能性があります。これ、確率高いです。
和牛の中でも栄光号など名前に号が付いているというぐらい血統書付きの立派な牛たちで、高額で売れます。つやつやでございますけれども。 この黒毛和種において少しでもブランド化して市場で高く売ろうと考えるという、これは市場の傾向でございますが、そうすると、ほかのいろいろな牛と交ざって交配させてしまい、遺伝子が失われてしまう可能性があります。これ、確率高いです。
私たちの国の牛たちが食べる餌は、多くは北米から参ります。すなわち、彼らの大地で育った窒素等がいわゆる運ばれてきて、牛の胃袋を経由して排せつされるわけであります。この家畜ふん尿の分量は、まさに私たちの国土を本当に悩ませる分量になっているのは事実であります。 平成十四年辺りから全国各地で大きな問題となりました。法律ができてから、やや十五年であります。
牽引をしてきました、すなわち景気を牽引してきました酪農家の皆さんの大きな投資が、今年はかわいい牛たちが乳房炎にかかる、こういったことのマインドもあって、非常に北海道が年末にかけて不況になるのではないかというふうに危惧をしています。
サイロだって、これで牛たちが喜ぶと思って造ったんですよ。時間軸とともに陳腐化して、やがてごみになる。ごみになるものを農地の上に乗っけるんだから、相当の覚悟が必要だよ。 今使う人が使いたい、自分のために。将来ごみになるということに配慮して、どうせ通っちゃうだろうから、これから農業委員会をどう指導する政省令にするのか、しっかりと。やがてごみになるものを乗せるんだと。
道路の寸断によって、毎日のように水の摂取が必要な牛たちの命を守るためにも何とかしてほしいと涙ながらに石井国土交通大臣にお訴えされたあの姿は、今でも忘れることができません。 また、山口代表が行かれた九月の十一日には、それこそ新規就農されている幾寅の山畔地区、鳥羽農園さんにもお伺いをさせていただきました。
ただ、そうすると、問題というか、要は、ここの牛たちに対して、今飼料がない、御本人さんたちも、賠償という形でお金はいただいたようですけれども、それは殺処分を前提とした、いわば経済的価値を捨てるために賠償されたものであって、そのお金だけでは到底飼育を続けていくことはできないよということになるわけです。
でも、そんな中でこの牧場を今やっておられる吉沢牧場長は、牛飼いの誇りにかけてこの牛たちを守っていくんだとおっしゃっているんです。私は、ここに多くの国民の皆さんが訪れて、このふくちゃんを初め、多くの亡くなっていった無実の動物たちにお花を手向けられるような、そういう日本人の心を失ってはならないと思います。 動物の命を奪うのも人間であります。
ですから、なるべく殺さずに、もちろん、畜産にこの牛たちを戻すことに対しては相当、風評の問題等ありますから、一筋縄でいかないことも承知をしておりますけれども、農家の方が望まれた場合は、その選択肢をぜひ用意していただきたいと思うんです。 そういった観点から、この安楽殺指示というのはやむを得なかったと私は思います。
振り返ってみれば、私は議員になって十一年たちますけれども、牛たちの問題はO157に始まり、BSE、口蹄疫、またO157、そして今度の放射性物質による汚染と、極めて、生き物を飼い、それを肥育して食に供していくというところで大変に苦労の多い分野だと思いますが、我が国の中でこれだけダメージを受けた場合に、今農水省に頑張っていただかないと今後本当に業として立ち行かなくなるのではないかと、今回の事態でまた不安
その体制ができることが信頼の回復にとって何よりも重要なので、早急に進めていただきたいと思うんですけれども、その前に、問題は、既に流通してしまっている、セシウムが含まれている危険性があるかないかわからない牛たちへの対応についてだと思います。
私も、先週、飯舘村の酪農家の方々に聞き取りを行ってきたのでありますけれども、家族同様に世話をされてきた牛たちを屠畜場に送るということで、非常に無念な思いをされていた。ある方は、自分はこの牛たちに対して何て罪深いことをしたのかという思いを語っておられたわけです。こういう被害が、この間も南相馬の肉牛の話が出ておりますが、事故が収束しない中で、依然として拡大を続けているということでございます。
今、私は、これまで殺処分されていった牛たち、豚たち、毎日その冥福を祈りながら日々を過ごしております。そして、これからワクチンが打たれることによって、健康にもかかわらず、殺処分される運命が決されてしまった、そういう牛や豚たちのことを思うと非常に胸が締めつけられる。 きのう、ファクスをもらいました。あの水牛が発生した牧場の隣保班、隣保班というのはわかりますか、皆さん。いわゆる御近所ですよ、隣組。
嫁いだ今でも、毎日実家に行って、牛たちの世話をしています。この前の十三日に、私の初めて買った牛に子牛が生まれました。去年の三月に宮崎の子牛の競りで初めて買った三頭のうちの一頭です。大きな元気な雄の赤ちゃんでした。出産は大変でした。ですから、四人がかりで引っ張って出産をいたしましたと。 多分、忠富士の種ですよ、これだけ体がでかいということは。 あとの二頭も、六月と七月に生まれてくる予定です。
自分の牛群が口蹄疫にかからないように願い昼夜消毒を行っていましたが、その願いかなわず、大事に大事に育てて、ともに暮らしてきた牛たちに大変申しわけないことをしてしまいました。深い苦しみに打ちひしがれる毎日です。その思いと同時に、これ以上口蹄疫が拡散しないことを願っていますと。
そのとき、本当に一頭でも早くこの牛たちがいなくなってくれればという思いにとらわれました。 あれから約三年、このような場に今自分が来られたのは本当にすごいことだと思いました。あの当時、一番ひどかったのが、二月のときにキロ五百円という枝肉の単価が出ました。そのとき国から二十二万円という補助金を、自民党の先生方からの協力というか支えをいただきまして、本当に助けていただきました。
その中で私は、しかし、この食品安全委員会というものをあのBSE騒動の中で設置した、これは、第三者の方々をお招きして、中立的な、本当に国民への大きな一つの政府としてのメッセージだったと思うんですが、今回、若齢の、本当に若い牛のあれは、今の検査方法では不可能だという現実の中で、では、その牛たちを全頭検査から排除していいのではないかという議論は当然出てくるわけでございます。
この四十四頭、四十一頭と三頭に分かれるみたいなんですが、四十一頭の牛たちは屠殺をされたんですか。予定というふうにいただいていますが。
それであれば、サーベイランスの体制に、この年月の誕生の牛たちには気をつけろ、注意せよという指示は出されましたでしょうか。
一瞬にして、家族と同様にしていた牛たちを何の科学的根拠もなく大量虐殺され、お金をやるから新しくスタートしろと言われて、今までの築き上げた生産を短期間で戻せる仕事ではありません。 私は、十七年前に猿払に新規入植し、ゼロ頭の牛から十七年の年月を妻と二人、そして地域の皆さんの温かい協力で百八十頭の経営になりました。
本当に手塩にかけられた生産農家の皆さんの思い、委員長は無念の思いというふうにおっしゃいましたけれども、そんな牛たちがもう本当に一発の銃のもとで崩れていました。私はもう本当にありがたいなという思いがしました。そして、ある方は、何となく感じる牛がもう前に前進しない、その牛を後ろの牛が押していた。