2000-02-24 第147回国会 衆議院 憲法調査会 第3号
否決された後で、片山哲委員長は、いわば次善の策として、民主主義に一応一歩近づいている、そういう側面から賛成演説をなさっていらっしゃいます。この辺が、最後まで徹頭徹尾反対を表明されました共産党とは違う部分であります。 なお、非常に活発に社会党の議員さんがここでなされた、その余韻が残っております。
否決された後で、片山哲委員長は、いわば次善の策として、民主主義に一応一歩近づいている、そういう側面から賛成演説をなさっていらっしゃいます。この辺が、最後まで徹頭徹尾反対を表明されました共産党とは違う部分であります。 なお、非常に活発に社会党の議員さんがここでなされた、その余韻が残っております。
私たち日本社会党が民主党、国民協同党の三党で片山哲委員長を首班とする連立内閣を成立させたのは一九四七年四月、まさに戦後の混乱と希望が同居する時代でありました。当時、国民は十五年戦争の惨禍とファシズムの暗い谷間から平和と民主主義の日の当たる場所に解放され、戦争の放棄を高らかにうたいとげた新しい憲法のもとに、平和国家建設へ新しく歩き始めていたのであります。