1973-03-01 第71回国会 衆議院 内閣委員会 第6号
そこで、たとえば定期船が発着する大島航路は、東京−大島、伊東−大島、熱海−大島、下田−大島、こういうふうな定期船がありますけれども、生活に関する不便度をどのようなものさしで考えられておるか。たとえば、大島をとらえるのに、あなたのほうのとらえ方は、言うならばコンパスを用いて、東京から大島、大島のたとえば泉津あるいは波浮と、そういうところのものさしの距離をはかって、そしてそれを基準に入れられたのか。
そこで、たとえば定期船が発着する大島航路は、東京−大島、伊東−大島、熱海−大島、下田−大島、こういうふうな定期船がありますけれども、生活に関する不便度をどのようなものさしで考えられておるか。たとえば、大島をとらえるのに、あなたのほうのとらえ方は、言うならばコンパスを用いて、東京から大島、大島のたとえば泉津あるいは波浮と、そういうところのものさしの距離をはかって、そしてそれを基準に入れられたのか。
それから都議会関係の贈収賄事件としては、熱海——大島間航路の免許をめぐる贈収賄事件、これが昭和三十四年、それから青果市場の許可をめぐる贈収賄事件というのが、これはだいぶ古くなりますが、昭和二十四年ごろにございます。
○説明員(猪口猛夫君) 先般報告を申し上げましたように、伊豆箱根鉄道会社所属の熱海−大島間の定期船の「伊豆箱根丸」が午後零時三十五分大島の元町西方二・五海里付近で浮いておるものにつかまって漂流しておる町田二等航海士を救助したわけでございます。
その間、下田海上保安部は午後二時三十分、大島警察署から警視庁を通じまして、伊豆箱根鉄道所属の熱海−大島間の定期船伊豆箱根丸が午後十二時三十五分ごろ大島元町西方二・五海里付近におきまして、明興丸の二等航海士町田末義を救助し、大島に上陸せしめ、同人は岡田病院に入院、加療中である旨の情報を得ました。
下田海上保安部は、午後二時三十分、大島警察署から警視庁を通じ、伊豆箱根鉄道株式会社所属「伊豆箱根丸」(五百三十九トン)——これは熱海−大島間の定期船でございますが、午後十二時三十五分ごろ、大島元町西方二・五海里付近において「明興丸」二等航海士町田末義を救助し、大島に上陸せしめ、同人は岡田病院に入院加療中である旨の情報を得ました。
それから熱海−大島航路の免許をめぐる都会議員の汚職事件で三十四年ですか。それから消防署出張所移転にからむ消防署長の背任の共犯ということで議員を検挙したことがございます。
ところがこの熱海—大島間航路の問題につきましては、むしろ超党派的に、二つに分れて一本になっておらないのであります。何も東京都がどうこう言ったからということではございませんが、東京都も二回にわたって、いましばらくこの両派の妥協がつくまで決裁を見合せてくれないか、必ず一本化するからということを公式に申し出てきておるのであります。
なるほど熱海—大島間は、いわゆる伊豆箱根派と東海汽船派の二つに分れて陳情合戦を繰り返していることは、これは私どももよく承知をしております。しかしこの問題の経過というものは、そういう経過ではないわけです。当初は町長以下が全部、町会も全員が伊豆箱根についての賛成決議をしておるわけです。それが途中からこういうふうに二つに分れてきた。
○久保田(豊)委員 私は海運、特に今雑誌や新聞等で騒がれております熱海——大島間の定期旅客航路の免許問題に対して大臣に御質問いたしたいと思います。 根本から言いますと、この問題は背景が御承知の通り、西武並びに東急という二大私鉄独占の闘争の一つの環と思われておりまして、非常に複雑な問題であります。
(拍手) 次に、運輸行政の中で重要なものとして免許認可行政があるが、自動車道の供用約款にからまる問題、あるいは提案の中に入っている伊豆―下田間鉄道建設の問題、さらには熱海―大島間定期船の問題等、いずれも多かれ少かれスキャンダルがつきまとい、一般には政治免許であると非難されているものが多いのであります。
また洲本港におきましても御承知の通り改修の計画がありまして、これも長年の懸案が解決されておらないというようなわけでありますし、またこの東海道沿線におきましても、熱海—大島航路の場合にも、熱海港の改修等においても聞きますと、計画はあるけれども一向に進んでおらない、こういうようなことで非常な非難を受けておるわけであります。
それを待って、先ほどから申し上げましたように、東海汽船は航路を復活したい、また新しく免許も申請したい、それから伊豆箱根鉄道も熱海大島間をやりたいということで競願になっておるわけであります。
その要旨は「東海汽船株式会社による熱海—大島間の定期航路が一日も早く開通されますよう陳情申上げます。昭和三十一年九月十五日付をもって東海汽船株式会社より伊東—大島線の熱海延航並に熱海—大島間旅客定期航路事業免許の申請書が運輸大臣宛提出されていますが、本航路は観光を生命とする当熱海市にとっては、誠に重要な海洋幹線となるものであります。
○小山(亮)委員 同年の五月二十日に、東海汽船会社は同様の運航計画の変更をしまして、第二線を東京—大島—伊東—熱海—大島—東京に変更するために認可申請をしまして、同六月八日に運輸大臣から大島—伊東—熱海—大島間の運航が許可された、これは事実でありますか。
○柴谷要君 熱海−大島の航路の新設の問題について、業者から新免許が出ているわけですが、その扱いを局長は大臣にどのように復命して、そうして運輸審議会に諮問したか、その当時の経緯を一つ話してくれませんか。
○松浦清一君 そうすると役所の方ではもう、東海汽船株式会社は、熱海−大島間の航路は放棄したものだという理解に基いているのですか、放棄しておったものだと理解しておるわけですか。
熱海−大島航路はもうすでに廃止をしているのだという理解に基くなら、何のために、三十年の六月三十日にこの会社から運賃改訂の申請をしておるが、そのときに熱海−大島間の航路の運賃についても、申請しないのにどうして許可したのですか、ないものをどうして許可したのですか。