2021-03-16 第204回国会 参議院 外交防衛委員会 第2号
歴史的に見ると、漢民族の王朝のときとそれ以外の王朝のときで決定的な違いが出る、これは間違いない歴史的な事実であると思っておりますが。
歴史的に見ると、漢民族の王朝のときとそれ以外の王朝のときで決定的な違いが出る、これは間違いない歴史的な事実であると思っておりますが。
一九四九年から始まったチベットの民族浄化は、指導層に当たる僧侶の逮捕や投獄、寺院の破壊、漢民族の政策的移入などによりチベット人が少数派となり、現在ではほとんど目的を完遂されている状況です。チベットでの民族浄化がほぼ総仕上げの段階なら、その隣の新疆ウイグルはまさに現在進行形で行われているところでございます。
国の勢いでもってこれだけの展開をしておるということと同時に、恐らく、海外への漢民族の展開といいますか、方々に相当、コミュニティーとして活躍をしている中国系の皆さんというのがベースとしてあって、その上にこうした展開というのがあるんだということを中国の要人から聞かせていただいたことがありました。そのことを兼ねての戦略だと思います。
あるいはまた、漢民族が支配をしていた今の中国の領土というのは大体三分の一でしか元々なかったというふうに言われていますけれども、そうすると、旧満州国であるとかいろいろな国家が事実上あったというのも歴史的な事実だというふうに私は思いますけれども、それらの地域での調査結果というものはかなり違ったものがあったのかどうか、その辺のところをまず第一点お尋ねをしておきたいと思います。
私は、だから、それは論理、理屈としてはそれはそういうこともあるんだろうけれども、日本はやっぱり農耕民族ですから、それは漢民族もそうですけど、農耕民族というのはやっぱりどうしたって土地に対する執着というのは大きいものがあります。だんだん時代が変わってきたといっても、まあそう一遍にぱっと変わるもんじゃないんだろうと思う。これが一つ。
だから、どうも我々、やっぱり日本民族も漢民族も農耕民族ですから、どうしても土地の権利を伴う移転とか貸し借りということはやらない。だから、私は今回、究極の策としてこれは作業でいいと、契約でいいといったところまで大きく幅を広げた、柔軟性を持った集落営農、これが究極の策かなと。
中国も、お隣の中国もそうなんですが、どうしても農耕民族なものですから、漢民族も我が日本民族も、なかなか土地に対する執着というのが強くて、これを、権利を移転して規模を拡大するというのが非常に難しゅうございます。
それに対していろいろ議論がありますことはもう確かなところで、日本にもいろいろな形で、今も何となく、漢民族がどんどんふえてみているとか、いろいろお話があるので、こういった話があるとは思っております。
中国というのは、漢民族主体の農耕をして、そしてそこを統治するところが城塞を造って、そこが都市であって、都市住民というのは支配層であって、夕刻何時かになると城門は閉められると、そしてその統治している側がその周辺の農村、農民にちゃんとした幸せを保障してないときに革命が起こって城門を攻め立てて政権が替わるんだと、非常に分かりやすい説明だなと思ったことがあったんですが。
残りが戦前から台湾に居住している漢民族の台湾人だと、本省人というふうに呼ばれておりますけれども。 この外省人、本省人は、日本経験が全然違うわけなんですね。外省人の方は大陸から来た人ですから、日本との戦争を実際に身をもって経験しております。
実は一九八九年のいわゆる天安門事件、六・四事件の前には、漢民族が主に住んでいる地域を対象としても、やっぱり連邦制にした方が国家運営の仕方としてやりやすいんじゃないかという、そういう議論はあったんですね。しかし、六・四事件以降、そういう言い方は少なくとも表ではしないようになっています。
しかし、中国と台湾の問題の方は、日本人は、幾ら発しても頑張っても、政治家はちょっと、やっぱり中国人は漢民族だから、そういうところを、漢民族の問題は漢民族で解決しましょうという、私の外務省の友人から、そういうふうに教えてくれました、中国の外交部ですね、教えてくれました。 というのは、こういうところを見ますと、私の方は、第一の問題というところは、やっぱり中国人の方はどの民族なのか。もちろん漢民族。
昔は、旧満州国、いわゆる五族協和、要するに朝鮮族と満州族と漢民族、この三つがあの辺はずっといるんですよ。歴史的にずっとそうなんですね。それで、今回も先行議員からいろいろ話が出ておりましたけれども、恐らく数十万人、北朝鮮から遼寧省とか黒龍江省とか吉林省に行っているわけですよ。だから、日常的にそういう情報はたくさん取っているはずなんですね。それを取っていなければ、外務省、怠慢ですよ、それはむしろ。
しかし、同時にまた漢民族と朝鮮族という民族間のいろんな微妙な関係というものも歴史的にあるわけでございますから、この二つの間に完全な信頼関係というふうなものがあるのかどうか、私は必ずしも常にそうであったというふうには考えていないわけでございます。
人口も、一人っ子政策をやめれば二十億、三十億にすぐになるのだと、この間来た朱鎔基は、一人っ子政策をやめれば地球は漢民族ばかりになるのだと、冗談まじりでこういうような話をいたしました。しかも、軍事力の面では、原爆、水爆、そして今や、最終兵器だと言われておるような中性子爆弾の開発に向かって着々と進めている。
そこで、中国とイスラム諸国の連盟との対決を心配しているというところがございますけれども、私は、中国の新疆ウイグル自治区に住む少数民族の状況と、そして漢民族との対立、中国政府との対立、これらを眺めておったときに、中国はどう考えたってイスラム諸国と連帯するというようなことがないのではないのかというふうに思っておるんですが、これについて市村参考人はどのようにお考えか、お尋ねしたいと思います。
それは漢民族とは全く異質の民族でありまして、歴史も伝統ももともと違うし、そして、そこを中国が長く支配したという歴史はないわけですね。 先ほど、私がシナという言葉を使うということをどなたかおっしゃいましたが、中国という国は存在しないのですね。歴史的に見て、今の中国と言っている地域に中国という名前のついた国は一つもない。
漢民族、朝鮮民族、日本民族、蒙古、満州ですか、この五つを一体化した国をつくるんだという五族協和の観念、その思想を進めるためには、日本民族は単一民族だという主張ではぐあいが悪いわけです。だから、一番のいわゆるタカ派というか、国体論者たちが率先して混合民族説を主張したということをどういうふうに考えられるのか。
五族共和というのは何かというと、満州国だったら一番多い民族は何といっても漢民族です。それから女真族とか蒙古族とか朝鮮族とか、大和民族も含めて五族だと、こういうことであります。建設省の場合は一番多い民族は法律行政である、そのほか土木だ建設だ、一番小さい民族は園芸という、何かちょっと建設省にふさわしくないものがあるんですが、この園芸というのは都市公園をやるんだと。
あの漢民族というのはインドを不思議に侵略の対象にしていない。なぜかといいますと、インドというのは仏教発祥の他なんですね。中国人にとっては聖なる土地でもあるわけであって、ゆめ侵略しようなどということは考えないことは確かだろうと思います。
書物になった方を見ますると、二〇一〇年の一つのシナリオ、これはプロバビリティーは低いけれどもポシビリティーとしてはある、蓋然性は少ないけれども可能性としてはあるという断り書きのもとに立てているシナリオなんでありますけれども、アメリカをコアステートといいますか、文明はそれぞれ中核になる国を持っているわけでして、西欧文明のコアになる国というのはアメリカである、他方、中国文明のコアになるのは言うまでもなく漢民族
今のこととも関連するのですけれども、先ほど先生が、ハンテントン氏の主張といいますか著書の中からのエッセンスとして、二〇一〇年に、蓋然性は低いけれども可能性は高いということで、いわば西欧文明対中国文明の対決というふうな可能性、いわゆるアメリカと漢民族との衝突、それに日本とのかかわり、そういうふうなことをハンテントン氏が指摘しているというお話がございましたけれども、私はこの場面で非常に大事なのは、中国という
要するに、かつての漢民族全盛というか、その中国の時代にはアメリカの存在はなかった、したがって近代国家の国境を強化せざるを得ないのじゃないかというのが一点、それからもう一点は、要するに中国中央は辺境に超然とはしておれない、逆に辺境が中央に浸透する可能性が強いのではないかという二つのいわば先生の論文に対する問題点を指摘された上で、第三の道といいますか、いわゆる転倒した一国二制度、要するに北京政府が若干の
しかし、やはり私は、農耕民族であった東洋思想の持ち主の方々、これはやはり何といったって農耕民族の主たるものは漢民族ですよ。そこから発達した考え方、これをやはりはぐくみ育てていくのが私たち東洋民族、この考え方の基本にあらねばならないな、こう思うから申し上げたわけであります。 まだ時間がたくさん残っておりますが、私の質問は、少し時間を余したままで終わりといたします。
そこで、その影響力を拡張し拡大していく上でのいわば基本になるイズムは何かということになりますと、それは明らかに中国における漢民族を中心とした民族主義ということになるだろうと思います。この民族主義に基づくその影響力の拡大というものを志向する中国という国家をどういうふうに解析するかという必要性が今度また出てまいります。