1999-07-16 第145回国会 衆議院 内閣委員会 第12号
現実に、竹取物語には漢文体の作品といいましょうか、漢文体のものもあるわけであります。 (六)に移ります。 これは古今和歌集の歌で、しばしば問題になっているので繰り返す必要がないかと思います。「千世にやちよ」の「や」は無限大を意味すること、たくさんのこと。
現実に、竹取物語には漢文体の作品といいましょうか、漢文体のものもあるわけであります。 (六)に移ります。 これは古今和歌集の歌で、しばしば問題になっているので繰り返す必要がないかと思います。「千世にやちよ」の「や」は無限大を意味すること、たくさんのこと。
それだと問題は文語文や漢文が或る程度までよろしいというこの指導要領の目標との関連が問題になつて来るわけですね、更にですよ、第四項に行つてから検定基準というものを昭和二十五年のときには「漢文体の文章の読み方」、それが昭和二十六年になると「漢文体の文章や平易な漢文の読み方」、こういうふうに進んで来ているわけですね。
英文での書き方も知つてはおりますが、私は丁寧なる荘重なる漢文体をもつて書いてみたのでありますが、この際一、二分でありますので、これを朗読することのお許しを得たいと思います。
漢文体の文章は元は漢民族の書き言葉であつたが、訓読された漢文体の文章は我が古典の中に入る。故に漢文は国語科の中において学ばなければならない。これが文部省の指導要領の第一條による漢文学習の範囲であります。その意味におきまして先ほど誰か言つておりましたプリントででもやれというのはおかしいと思う。
なお種々御意見等も各方面から出ますのに鑑みまして、昨年の十月に教育上最も中心をなしております学習指導要領の改正をいたしまして、その内容を中学校の国語学習指導目標のうちにおきまして、やさしい文語文や漢文体の文章を読むことができるようにと、それから高等学校の国語学習指導目標の中におきまして、文語文や漢文が或る程度まで読めるようにと、こういうふうにはつきり明記をいたしております。
それを漢文体から和文体に持ち直しておりまする現在の憲法でもまだはつきりとわかりません、国民は。でありまするから、いろいろな問題というものが憲法の上に疑義となつて現われて来る。