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12件の議事録が該当しました。
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該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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1974-02-25 第72回国会 参議院 決算委員会 第3号

地方のお祭りの風景を背景にして流行歌手が歌ったりすると、これは社会料の要素があるから教養を高めるということで教養番組になっているんです。(「そうそうそのとおり」と呼ぶ者あり)まあ専門家が言っているから間違いないでしょう。報道の内容に干渉するものではないんです。娯楽番組をいろいろへ理屈をつけて教養番組教育番組だと言っているこの不当表示性を私は言っているわけなんです。どうですか。

須原昭二

1971-04-22 第65回国会 参議院 内閣委員会 第14号

私はその場に出ませんでしたけれども、たまたまそのときに有名な女性流行歌手がおりましたが、公演があるのをどうしてくれるんだということを、たいへん大きな声でやったのがきっかけになって、そうしたら車が出ることになりました、流行歌手に。おこりましたね、乗客は。

上田哲

1966-03-29 第51回国会 参議院 逓信委員会 第12号

漫才も入れるということになりますと、流行歌手と高低はございますけれども、大体芸一筋に生きてきた、子役のときから舞台一筋に生きてきた、つまり芸道一本の歌舞伎俳優とか、あるいは映画で非常に長い間名声を保ってきた方とか、こういった芸道一本の方は高うございます。先ほど申し上げましたように、ぱあっと浮かび出た人気の流行歌手というのは案外安うございます。

浅沼博

1966-03-18 第51回国会 衆議院 逓信委員会 第12号

しかし、現実の問題といたしまして、先ほど私が社会的価値評価というようなことを申し上げましたが、たとえば先ほど第一流の流行歌手の話が出ましたが、民間放送におきましてはそういう歌手謝金というものはかなり高うございます。たとえばその人が全盛期にワンステージ百万円も二百万円も取るといったような場合には、そういった値段がやはり民間放送謝金のほうにかなり強く反映しているかのように私は察知しております。

浅沼博

1965-02-25 第48回国会 参議院 内閣委員会 第7号

あるいは流行歌手に楽しい自衛隊というレコードをつくらせて、それを各地でばらまいたり、あるいは有線放送、農村の有線放送を利用している、いかにも楽しそうな音楽を流している。こういう問題が幾つかの具体的な例だと思うのですが、こういう問題それぞれについては現在どうなっているか、その概要を承りたい。

伊藤顕道

1964-07-03 第46回国会 衆議院 大蔵委員会 第58号

これはジードの有名なるソビエト紀行の中に、ソ連流行歌手の収入の過大についてはどうすることもできないということを書いております。ジードソ連に行って一応ソ連に感化されたのですが、そのときに彼の鋭利な眼光で見たものは、それの不均衡ということだったに違いないのでありまして、流行歌手というものが多過ぎるということについてのソ連当局の悩みというものをジードが書いております。

舟橋聖一

1964-05-29 第46回国会 衆議院 逓信委員会電波監理及び放送に関する小委員会 第4号

実は私は放送法というものも存じませんし、電波監理審議会ですか、そういう審議会のことも存じませんし、ただ、NHKにお金を払ってテレビラジオをけっこう楽しみ、利用している一人の視聴者として何か意見を述べろということでございますが、先ほどから戒能さん、吉村さんからテレビラジオの行政のこと、番組のこと、しまいにはテレビに出演する流行歌手の報酬がたいへん高いこととか、広範にわたっていろいろお話を承っておりましたが

浦松佐美太郎

1960-03-04 第34回国会 衆議院 地方行政委員会 第9号

ただ御質問にありました点で、とにかく一つの流行歌手の催しものがあれば、そこに相当多数の者が聞きたいということで殺到して混乱が起こることは事実でございます。私は、青少年に対してもっとお互いに楽しむ場所も与えるとともに、青少年にふさわしい健全な娯楽というものが与えられるそういう機会をできるだけ公共団体としても国としても作っていく必要があるということは感じております。

齋藤正

1958-02-13 第28回国会 衆議院 海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会 第2号

日本流行歌手の歌などもほんとうになつかしく聞いておりました。ですから、私どもは日本のことは詳しく知っているつもりでおります」とのことでごさいました。そして、さらに言葉を続けて、「私たちは、いよいよ引き揚げも終りになるのではないかということを考えましたならば、矢もたてもたまらず、ただ一日も早く日本に帰りたいということで、夢中で帰って参りました。

山口シヅエ

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