1983-10-06 第100回国会 参議院 エネルギー対策特別委員会 第2号
○対馬孝且君 言うまでもなく原子力基本法、先ほども申しましたように、民主、自主、公開の原則ということで、私は泊原発に関連しまして、五十二年ですか、大分早いころに、河本通産大臣時代のこの会議録、ちょっといま持っていますけれども、やりとりしておったんですが、住民参加ということを大事にすべきだということを私申し上げて、全くそのとおりだと。
○対馬孝且君 言うまでもなく原子力基本法、先ほども申しましたように、民主、自主、公開の原則ということで、私は泊原発に関連しまして、五十二年ですか、大分早いころに、河本通産大臣時代のこの会議録、ちょっといま持っていますけれども、やりとりしておったんですが、住民参加ということを大事にすべきだということを私申し上げて、全くそのとおりだと。
たとえば歌志内の、これも前の河本通産大臣時代でありましたが、桜沢鉱の開発だって、これは本来もうできていなければならぬ。当時のあれからいけば、桜沢鉱の開発は三ヵ年計画で周辺開発をするという話だった。これも実際できてないでしょう。たとえば夕張の問題に翻ったって、本鉱の周辺の開発、鹿ノ谷の周辺開発だって、これも促進しようと。
なぜそれを言うかと私は申し上げますと、これは苫小牧東部の例は後で私は申し上げますが、苫東基地が予定地になって、後で具体的に申し上げますけれども、北海道苫小牧の場合は、これ私も北海道開発審議会委員を二年間やっておりますが、それは五十三年にも時の河本通産大臣時代に、石油精製の導入の際にもお聞きしておりますけれども、あれは重工業地帯ということで苦東開発というものはこれつくったわけです。
たとえば、石油化学の問題等につきましては石油業法を適用するというようなことは、前の河本通産大臣時代よくお話があったわけであります。