運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
29件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

  • 1
  • 2

1977-03-01 第80回国会 衆議院 予算委員会 第16号

どもの先輩なり、あるいは北京を通じて、あるいは中国に来ておりましたカンボジア政府首脳の、その当時シアヌーク殿下関係のいわゆるカンボジア王国民族連合政府代表とも私自身も会ったわけでありますが、その当時のカンボジア政府代表の言うのには、日本ロソノル政権を支持することだけはやめてほしい、中立的な立場でこの民族解放闘争というものに理解を示してほしい、こういうことが共通したカンボジアの民族解放戦線

藤田高敏

1975-06-10 第75回国会 衆議院 予算委員会 第24号

次は、カンボジア民族統一戦線王国民族連合政府日本との外交に関する問題であります。いいですか。カンボジアは御承知のとおり、アメリカを背景とするロン・ノル政権民族統一政権王国連合政府との五カ年一カ月にわたる長期の闘争によって、一九七五年四月十七日、首都プノンペン解放をもって終わったのであります。  私は、先般北京へ参りまして、シアヌーク殿下に会ってきました。

小林進

1975-06-09 第75回国会 衆議院 予算委員会 第23号

当然カンボジア王国民族連合政府それが国連代表として席を占めるべきである、その席は回復しなければならぬということを私ども考えました。またアジアの多くの国々がそういう見地をとりました。ところが、日本政府は、一貫してそれに反対をしてロン・ノル政権を支持してきた。ところがことしの四月、ロン・ノル政権は倒されました。そしてカンボジア全土王国民族連合政府がその統治を徹底をさせたわけです。

金子満広

1975-05-23 第75回国会 衆議院 商工委員会 第16号

ただ、御承知のようにまだ事態が流動的でございまして、たとえばカンボジア王国民族連合政府に対しては四月十九日、それから南ベトナム共和国臨時革命政府に対しては五月七日、それぞれ閣議決定を経てわが国としてはこの国を、新政府承認いたしておるわけでございますが、いまのところ正式にまだそのレスポンスがないというふうに承知いたしております。

橋本利一

1975-04-24 第75回国会 参議院 外務委員会 第10号

これらの邦人の行方不明につきましては、従来から国際赤十字委員会に協力を依頼するとともに、北越あるいは南越解放戦線及び第三者を介しまして、カンボジア民族連合政府側に対しても、またあらゆる直接間接のルートを通じまして、安否の確認、釈放につきまして鋭意努力を行ってきておりますけれども、現在までのところ、これら行方不明邦人の消息につきましては、依然として不明でございます。

高島益郎

1975-04-23 第75回国会 衆議院 外務委員会 第15号

すなわち日本政府は、新政府承認口上書北京においてカンボジア王国民族連合政府のだれに伝達きれたのでありますか。それから日本政府が伝達した新政府承認口上書に対し、新政権としては受け取ったという口上書を伝達してくるのが通例であるが、これはどうなっておりますのか。それから、外交関係の設定の時期はいつごろと考えておられるのでありますか、これも承っておきます。

堂森芳夫

1975-04-18 第75回国会 衆議院 外務委員会 第14号

いままで事務当局質問がございましたので、一言外務大臣に伺いたいと思うのですが、オーストラリア関係することで、報道によりますと、オーストラリアは昨日カンボジア王国民族連合政府承認した、こういうぐあいに出ておるのですね。そしてプノンペンが事実上ああいうことになりましたので、ASEAN諸国でも会合を開きまして、タイが音頭をとって十九日には承認の方向で共同声明を出す、こう言われておるのですね。

正森成二

1975-04-01 第75回国会 参議院 予算委員会 第20号

松永忠二君 関連を持っているということでありますが、さっきお話のありましたように、この際、流血と混乱を収拾することが最大の目的でなければならないと思うんですがね、私たちがこのことから受ける教訓というのは、民族主義というものは強いということで、解放側南ベトナムでもカンボジアでも民族連合政府の方式をいまでも捨てていないし、南ベトナム解放側もそういうことを呼びかけていることは事実だと思う。

松永忠二

1975-03-31 第75回国会 参議院 予算委員会第二分科会 第2号

しかし、接触の方法はもちろん残されると思いますが、それとは別に、新しい事態に即応していくために、私の考えを申し上げれば、カンボジアはきわめて短時日のうちにロン・ノル政権が崩壊をして、カンプチア王国民族連合政府という形の政権に移行をしていくであろう。あるいは現在のロン・ノル政権がやや残存する形も含まれるかもしれません。

田英夫

1974-09-10 第73回国会 参議院 決算委員会 閉会後第3号

須原昭二君 今度の国連総会の大勢はカンボジア王国民族連合政府国連加盟支持が多く、実は過半数をはるかに上回るという国際的な見方が強いわけです。最近、アメリカはこの情勢を見てとって、この際ロン・ノルをひとつ国連からはずしてしまおう、そのかわりカンボジア王国民族連合政府加盟させないという、いわばカンボジア空席論といいますか、カンボジア空席論を指向しておるというふうに私たちは聞いております。  

須原昭二

1974-04-04 第72回国会 衆議院 外務委員会 第16号

その結果、先方の申すことは、要するにカンボジア王国民族連合政府カンボジアにおける唯一合法政府であって、したがって、自分たちの持っておる旅券に直接査証をくれるのでなければ入国できない、そういう非常に原則的な立場でございまして、こういう立場から自分たち日本に行くわけにはいかないのだという説明がございました。  

高島益郎

1974-04-02 第72回国会 衆議院 内閣委員会 第17号

そこで、具体的な点で一点お聞かせいただきたいことは、きょうからですか、アジア卓球選手権大会横浜で開かれているわけですが、どうも新聞報道で見る限り、カンボジア王国民族連合政府の場合に、いわゆる中国北京大使館において、日本大使館の職員のミスによって入国ができなかったのだ、いや、そうでなかったのだと外務省は、またそれを否定なさっているわけですね。

上原康助

1974-04-02 第72回国会 衆議院 内閣委員会 第17号

その結果、明らかになりましたのは、カンボジア側は、カンボジア王国民族連合政府というのが、カンボジアにおける唯一合法政府であって、この立場をくずすわけにはいかない、したがいまして、自分たちの所有する旅券に直接査証をもらうのでなければ入国できないという立場を、きわめて強く明らかにいたしまして、もしそういう事情であるならば、わがほうの立場と全く違いますので、入国手続をとることはできないということで別れてきたわけでございます

高島益郎

1974-03-26 第72回国会 参議院 法務委員会 第9号

この開会式がもう四月二日と迫りまして、第一陣の選手陣はいよいよきょうあすじゅうに入国というふうにお聞きしているわけでございますが、問題のカンボジア王国民族連合政府選手団入国あるいは南ベトナム臨時革命政府選手団入国というものが非常に難航しておりまして、新聞報道によりますと、外務大臣国会答弁では、まずそれらの未承認国選手入国を許可するような方針であるということが早くから報ぜられておったのでございますが

佐々木静子

1974-03-26 第72回国会 参議院 法務委員会 第9号

国務大臣中村梅吉君) 私ども考えておるところによりますと、問題は、スポーツ以外の活動をしようということはあり得ないことだと思いますから、この点は問題はないと思いますが、もう一つの点は、南ベトナムの臨時政府かりカンボジア民族連合政府ですか、のほうなり、どういう一体チームの呼び名にするかということがいま話し合っておる中心のようでございますから、これも準備事務局のほうでもこちらの考え方を十分理解してくれておるようでございますし

中村梅吉

1974-03-08 第72回国会 衆議院 内閣委員会 第12号

大出委員 外務省の方に承りたいのですが、この間、私が外務大臣質問をいたしましたときに、カンボジア王国民族連合政府ここの代表団日本に入ってくる、こういうことなんでございますが、これをめぐりまして、いわゆるロン・ノル政権の側から、何か日本に対してものを言ってきているのではないかという点で少し立ち入った聞き方をいたしましたら、きていない、こういうお答えでございましたが、言ってきていることはいるのではないかと

大出俊

1974-03-08 第72回国会 衆議院 内閣委員会 第12号

中江説明員 カンボジア民族連合政府代表ということでの卓球大会への入国問題につきましては、この問題が新聞その他で報道されましてから、現在のロン・ノル政権のほうから、正式にそれに対する強い抗議ということではございませんけれども、一応ロン・ノル政権としては、そういうチーム日本入国は認めないでほしいという希望の表明はございました。

中江要介

1974-03-08 第72回国会 衆議院 外務委員会 第10号

この南ベトナム臨時革命政府でありますとか、カンボジア王国民族連合政府からの入国がその国の承認になるかどうか。その承認につながるような場合には入国について否定的な考え方をするけれども、そうでない限りは積極的にするということを、この委員会では外務大臣から私も青年代表の問題についてお聞きしましたし、そのほかの委員会でも外務大臣から外務省見解として述べられたというふうに思っております。  

松本善明

1974-03-08 第72回国会 衆議院 外務委員会 第10号

○松本(善)委員 そうしますと、外務大臣に伺いたいのでありますが、南ベトナム臨時革命政府カンボジア王国民族連合政府地域からの入国につきましては、いまアジア局長が答弁したようなやり方で入国を認めるということは十分可能なことだと思いますが、その点についての外務大臣としての御見解を伺いたいと思います。

松本善明

1974-03-06 第72回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第2号

井上(泉)分科員 いまのところは考えてないのは当然だと思います、承認してないから、そして片方と外交関係を持っておるから、しかし、そういう状態であるということ、つまり世界の国々ではもう五十四カ国が承認しておるということ、そして昨年の非同盟諸国会議においても、七十余力国が参加した中でも、このカンボジア王国民族連合政府承認するよう、これを各国が働きかけよう、こういう決議をしておる。

井上泉

1974-03-06 第72回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第2号

大平国務大臣 外交利益中心にのみ考え……(井上(泉)分科員国益」と呼ぶ)国益中心考えなければいかぬわけでございまして、プノンペンを有効にロン・ノル政権がまだ支配しておる段階でございまして、わが国カンボジアにおける合法政府として承認いたしておるわけでございますので、現時点におきましてこれにかえて、いわゆるカンボジア王国民族連合政府というものを正統政府として承認することは、いまのところは考えておりません

大平正芳

1974-03-06 第72回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第2号

井上(泉)分科員 それでは、カンボジア王国民族連合政府というものとの関係と、現在のロン・ノル政権、もう首都プノンペンには四キロないし五キロの地点までずっと連合政府行政区域内になっておる、こういう状態の中で、あそこの大使館というものをいつまで置いておくつもりなのか。どうですか。大臣

井上泉

1974-03-05 第72回国会 衆議院 内閣委員会 第10号

王国政府、つまりロン・ノル政権から、「日本政府に対し、カンボジア王国民族連合政府(シアヌーク政権)の選手役員入国した場合、国家に対する反逆者という理由で身柄引き渡しの要請が来ているといわれる。」、こうなっているんですね。このあとに、「昨年秋の国連総会カンボジア問題が議題に採択されそうになったとき、日本アメリカとともに反対側に回った経緯もあり、」、こうなっているんですね。  

大出俊

1974-02-27 第72回国会 衆議院 外務委員会 第7号

その中で、当時、いわゆるカンボジア王国民族連合政府と接触した結果、われわれの得た回答では、普通の外国人記者は逮捕しない方針だ、もしかりに逮捕され、処刑されることがあるとすればそれは罪を犯した場合だけだ、そういう説明がございまして、その後もこの一ノ瀬カメラマンの行くえについていろいろ手を尽くしておりますが、最近われわれの得ている情報によりますると、このカンボジア王国民族連合政府のほうから、はたしてこの

高島益郎

  • 1
  • 2