1976-10-28 第78回国会 参議院 内閣委員会 第3号
○秦豊君 橘局長、確かに所管の範囲が外交ですし、デリケートですし、ブレジネフ演説もありましたし、いろいろ気を使われることは当然だと思うが、国民の皆さんがやはりお知りになりたいのは、たとえば十月三十一日は日曜日です。日曜日には日立港に入ってくるソ連船があり得るわけですね。ところが、十一月の四日を過ぎると日立港はあのあたりのバースの状態を含めてラッシュになる、大変込むわけですよ。
○秦豊君 橘局長、確かに所管の範囲が外交ですし、デリケートですし、ブレジネフ演説もありましたし、いろいろ気を使われることは当然だと思うが、国民の皆さんがやはりお知りになりたいのは、たとえば十月三十一日は日曜日です。日曜日には日立港に入ってくるソ連船があり得るわけですね。ところが、十一月の四日を過ぎると日立港はあのあたりのバースの状態を含めてラッシュになる、大変込むわけですよ。
○秦豊君 こうでしょう、橘局長。いまは百里の基地にソ連の技術団やいろいろ来て梱包をあけて、特にコックピットなんか、それで点検してハラショーだと言って引き受けるわけじゃなくて、やっぱり日立港なら日立港の特定の空間に場所をつくってできれば点検をしてもらいたい、あとはお引き取りを願いたいというのが日本側の常識でしょう。
ソ連の方は、すぐに平和条約を結べばいいじゃないか、そこに問題のとらえ方が違うという点がございまして、係争中の問題として、領土問題をさらに詰めていくということについては、いま橘局長が申し上げたとおりであると私は思います。ただ、そこにまだ微妙な差がございますので、係争中の問題を詰めていくということと、これを解決してやろうということと、そのソ連の言い方、ニュアンスがあると思うのでございます。
この案件が片づかない理由のもう一つは、亡命ということをいま橘局長はおっしゃった。ところが、日本政府の統一見解によれば、亡命の定義は不明なことになっているのじゃないですか。定義の不明なものを亡命と定義したのは、一体どういうわけなんですか。定義が決まってないのに、亡命と決定された。そして、外務省からきのう十月二日付で提出をいただいた書類によれば、「領空侵犯(亡命)軍用機に関する先例」となっている。
橘局長。
科学技術庁の橘局長さんの関係はその程度にいたしまして、鉱山局長さんに伺いたいと思うのであります。 午前中鉱山局長はお見えにならなかったのでありますけれども、新潟の地震で震度五という状態、これは酒田も仙台も同じ震度である。ところが、酒田も仙台もそれほど被害がないのに、新潟が特に激甚な被害を受けたということについては、新潟が軟弱な地盤であったということは、これは皆さん一致する意見でありました。
○石田(宥)委員 これは橘局長から答弁がありましたように、最終的にほとんどガスの採掘によるものであるという結論がつけられたわけでありまして、その点では、私は第一点としてはやはり一番大きな要因であることは否定できないと思うのですが、どうですか。