1995-10-17 第134回国会 参議院 予算委員会 第3号
それは、当時、韓国の併合直前に、桂首相、小村外相、伊藤統監、彼らが韓国併合について協議した。そのときに伊藤博文が、併合に外国から苦情が出るようなおそれはないか、こう問うたら、小村外務大臣はアメリカのハワイ併合の例を挙げて異議が出るおそれはない、こう言ったということが「明治外交秘話」という昭和二年に出た本ですけれども、ちゃんとそういうやりとりが書かれているんですね。
それは、当時、韓国の併合直前に、桂首相、小村外相、伊藤統監、彼らが韓国併合について協議した。そのときに伊藤博文が、併合に外国から苦情が出るようなおそれはないか、こう問うたら、小村外務大臣はアメリカのハワイ併合の例を挙げて異議が出るおそれはない、こう言ったということが「明治外交秘話」という昭和二年に出た本ですけれども、ちゃんとそういうやりとりが書かれているんですね。
まず日糖疑獄と指揮権発動、これは桂首相の時代。第二番目はシーメンス事件、第三番目が陸軍をめぐる汚職事件、第四番目は帝人事件、第五番目は天皇機関説に対するもの、これに一体当時の司法省、司法大臣がどう関係したかというと、みんな指揮権発動だ。第六番目は血盟団事件の井上日召の取り扱いについて。第七番目には、いよいよこれは終戦後へ入りますが昭和電工事件。それから第八では政治と検察との争いの問題。
それから河村金五郎という当時宮内次官であった人ですが、この人が山縣にあてた手紙を見ますと、一月十八日に裁判があったのでありますが、すでに判決の内容をどういうわけか承知していて、一月十五日ごろから宮内大臣あるいは桂首相、山縣の間に盛んに往来して、事後の措置、判決が出た後に特赦するとかというようなおぜん立てあるいは筋書きをもうつくっていたということが、この河村金五郎の手紙によって暴露されるのでありますが
明治の末期、桂首相は、天皇の袖によつて政権を獲得した、袞龍のそでに隠れて政権を私すると、尾崎行雄先生にむちうたれたのであります。今、吉田内閣は、袞龍のそでにあらざる関係方面を利用し、必要以上に庇護あるがごとくに宣伝して、このそでに隠れて税政、悪政の数々を重ねておるのであります。