1968-03-26 第58回国会 参議院 大蔵委員会 第8号
○説明員(奥村輝之君) まず、今回のわが国の基金に対する拠出がどういう立場で行なわれたかというお話でございまするが、これは一昨年東京で東南アジア農業開発会議が行なわれましたその席で、東南アジア地域の農業開発事業というものは今後ソフトな条件で融資を行なう、こういうための基金を設けることは望ましいのだというような話が出たわけであります。
○説明員(奥村輝之君) まず、今回のわが国の基金に対する拠出がどういう立場で行なわれたかというお話でございまするが、これは一昨年東京で東南アジア農業開発会議が行なわれましたその席で、東南アジア地域の農業開発事業というものは今後ソフトな条件で融資を行なう、こういうための基金を設けることは望ましいのだというような話が出たわけであります。
一方、一昨年十二月東京で開催されました東南アジア農業開発会議において、東南アジア地域の農業開発事業に対し融資を行なうための基金を設置することの必要性が認められ、このような基金をアジア開発銀行の特別基金として設置することが要請され、以来、アジア開発銀行としては、かかる構想の実現のため積極的に検討を進めてまいりました。
それから見ると、自由な討議だから結論は出さないにしても、何か、むしろそれをよりどころにしてまた新しい問題が起こるのじゃないかという気もするのですが、まあそれはそれとして、そこで考えてみるというと、東南アジア、太平洋地域のいろいろな組織を見ると、東南アジア開発閣僚会議、それからいわゆるアジア・太平洋地域の閣僚会議のASPAC、それからアジア開発銀行、東南アジア農業開発会議、それからまあ、これは国連の機関
三木さんはこのアジア太平洋圏構想を推進するためには、こういう問題を具体的に解決しなければ、幾らおっしゃっても、たとえばケソンの東南アジア農業開発会議でも、フィリピンの代表はどう言っておるでしょうか。なるほどこういう会議によって東南アジアが発展するのは望ましいことであるが、わしらは先進国からものを売り込まれて、あくまでも市場としてとどまるようなことには満足できぬのだ、こう言っておるのであります。
特に昨年はアジア開発閣僚会議でありますとか、一連の東南アジア農業開発会議であるとか、あるいはアジア開発銀行の創立であるとか、たくさんの国際的な活動が東京を舞台として行なわれてきたことは私が申し上げるまでもないところであります。そうして本年の四月、東南アジア農業開発閣僚会議でございますとかが行なわれまして、三木さんもこれに日本代表として出席されまして、演説を行なっておられるのであります。
○羽生三七君 実は先日、宮澤企画庁長官にもお尋ねしたのですが、たとえば今後、日本がケネディ・ラウンドの次の段階にくる南北問題に対処するような場合、その場合にインド飢饉緊急援助六千万ドル、これはおそらく日本は割り当てられたワクの中に入ると思うのですが、たとえば東南アジア農業開発基金、これは一億ドルかまだはっきりしておりませんが、そういうようなものとか、あるいは今度インドネシアに出す六千万ドルのうちの、
さらに、昨年のアジア開発銀行の設立、東南アジア農業開発会議の開催等、東南アジアの農業開発が現実の日程にのぼり、国民は今後の動向に多大の関心を寄せ、注目しているのであります。このような国際的な一連の動きを見ますときに、わが国農業及び農政の著しい立ちおくれを痛感するにつけ、外交の衝に当たる外務大臣は、わが国農業をどう理解し、これらの経済外交をどう進める方針であるか。
それから、もう一つは、東南アジア農業開発会議ですか、あなたも昨年暮れに会議を持っているのですけれども、要するに開発輸入の問題があると思うのです。そのほかいろいろ重大な問題がありますけれども、時間の関係上、この三つの問題について大臣の所信を聞きたいと思います。
○角屋分科員 一つは、日本の主唱によって持たれてきておる東南アジア開発閣僚会議、あるいは従来から存在しておりますコロンボ計画、あるいは最近発足いたしましたアジア開発銀行、さらに東南アジア農業開発会議、いろんなものがアジア方面においても次から次へ生まれ、それが動いてきておる。
すなわち、東南アジア経済開発閣僚会議、東南アジア農業開発会議、また、アスパックと呼ばれるアジア太平洋閣僚会議、さらにはアジア開発銀行の発足等、人をしてアジアの新風と言わしめたアジア地域協力への動きが活発でありました。 アジアの開発は、アジア人の発意により推進さるべきものであります。
すなわち、東南アジア経済開発閣僚会議、東南アジア農業開発会議、また、アスパックと呼ばれるアジア太平洋閣僚会議、さらにはアジア開発銀行の発足等、人をして「アジアの新風」と呼ばしめたアジア地域協力への動きが活発でありました。 アジアの開発は、アジア人の発意により推進さるべきものであります。
アジア新興国との外交については、政府はすでに、アジア開発銀行の創立、東南アジア農業開発会議の開催等、アジア新興諸国との友好提携の外交路線を推進してきておられます。そのこと自体はよいことだと思うのでありますが、わが国の寄与の度合いがまだ足りないというのが、これら新興諸国側の率直な意向のようであります。
同時にまた、意見を交えてのいろいろのお尋ねでありましたが、国連におけるわが国の地位が高く評価されておる、また、アジア開発銀行や東南アジア農業開発会議等、東京の会議等で示された幾多の実例等から見まして、アジアの先進国日本、この協力をアジアの諸国も積極的に求めております。
最近においては、アジア開発銀行の創立総会、東南アジア農業開発会議を東京において開催するなど、アジア諸国の連帯強化のため、真摯な努力を続けております。 他方、アジアの一角ベトナムにおいては、平和をもたらそうとする諸国の幾多の努力にもかかわらず、依然として戦闘状態が続いていることは、アジア、ひいては世界の平和のため、まことに憂慮にたえません。
最近においては、アジア開発銀行の創立総会、東南アジア農業開発会議を東京において開催するなど、アジア諸国の連帯強化のため真摯な努力を続けております。 他方、アジアの一角ベトナムにおいては、平和をもたらそうとする諸国の幾多の努力にもかかわらず、依然として戦闘状態が続いていることは、アジアひいては世界の平和のため、まことに憂慮にたえません。
それから御質問の最後の点の、明年あたりにどういうものが見込まれているかということでございますが、まず一番近いのは東南アジア農業開発会議でございます。これは事務次官レベルのきわめて事務的なことでございます。特に日本の農業について各種の情報提供を要請しておられますので、京都まで多数の方々に来ていただくことはできないために東京でいたします。
ところが、それに予定していたかっこうの者が二名いたのでございますが、一人は本来最初の日程から申せば、農林大臣が帰国前に東南アジアの調査に出かけなければいけない、東南アジア農業開発会議の準備のために出かけなければいけないということで、これは使えない。
○林委員 私は、きょうやはり農林大臣に、米価の問題、東南アジア農業開発会議の問題等、農政に関する政治的な問題を質問したいと思って用意していたのですけれども、非常に残念ですが、大臣も見えないし、政務次官も見えない。五十二臨時国会の最終日であるこの機会に両者とも見えないということは、はなはだ遺憾であると思います。
このことについて、もうすでに十一月には東南アジア農業開発会議が招集されるということまで伝えられているし、この臨時国会でも総理ははっきりそのことを言っておりますし、さらにはこの四月の東南アジア開発閣僚会議の共同コミュニケの中にもはっきりあるわけです。農林省としてももう少し構想が固まっているはずだと思うのですけれども、農林省としてはこのことについてどう考えているのか。
この国会で佐藤総理は、この秋東南アジア農業開発会議を東京に招集すると言っているわけですね。これは経済局長や国際協力課長にお聞きしたいのですけれども、一体これはどういうことなんだ。
そしてこの会議の成果は、これからどういうふうにこれを発展させるかということに関係する問題でありまして、その一つとして、東南アジア全体が非常な食糧不足に悩んでおる、これを放置すればほとんど近い将来に半飢餓状態におちいるというような状況も看取せられるので、この問題を出したところが、みな双手をあげて賛成をした、東南アジア農業開発会議というものをもう一つ生み出して、そうして専門家をまじえてそれを研究し、結論
いわゆる東南アジア農業開発などに血道をあげているというのが、現在の政府の態度じゃないですか。これは、日本の農業をアメリカのアジア侵略政策の犠牲にするものであると言わなければならぬと私は思います。それゆえに、わが党は、従来も一貫してこのような自由化の名によるアメリカ資本や農産物の無制限の輸入に反対して、日本の農業に対する全面的な保護政策をとることを要求して今日まで戦ってまいりました。
を通じまして慎重審議を行ない、佐藤総理大臣に対し、アジア情勢全般の問題についてただしたほか、椎名外務大臣、福田大蔵大臣、坂田農林大臣、三木通産大臣、藤山経済企画庁長官に対し、わが国の「低開発国援助の目的、援助の実績と将来の見通し、援助体制の整備強化、ことに対外経済協力審議会の改組活用の問題、この銀行を通ずる援助と二国間援助との関連、ジョンソン米国大統領の東南アジア開発構想とこの銀行との関係、東南アジア農業開発