2021-03-22 第204回国会 参議院 厚生労働委員会 第4号
そういう意味からいたしますと、もし本当に何も関係ないというんならば、第三者的な、行政とはまた別のようなものをつくらなきゃいけないという話になるのかも分かりませんが、我々としては、基本的には、この朝日裁判の最高裁の判決等々で述べられておられるように、高度な専門技術的な考察、またそれを基にした総合的な判断、こういうもので政策判断にのっとって保護基準というものは決まってきておるというふうなことでございますし
そういう意味からいたしますと、もし本当に何も関係ないというんならば、第三者的な、行政とはまた別のようなものをつくらなきゃいけないという話になるのかも分かりませんが、我々としては、基本的には、この朝日裁判の最高裁の判決等々で述べられておられるように、高度な専門技術的な考察、またそれを基にした総合的な判断、こういうもので政策判断にのっとって保護基準というものは決まってきておるというふうなことでございますし
社会保障負担の義務を憲法に規定すれば、国民はかつての朝日裁判や最近の無年金者裁判のような訴訟すら制約を加えることになりかねません。何のための憲法でしょうか。世界的にも先進的な到達点に立つ日本国憲法を骨抜きにしてしまうようなことは許されるべきではありません。
朝日裁判などというのはある意味では非常にいい例でございまして、完全に実施されていないところにああいう問題が起こるということになります。
そういたしますと、この昭和四十二年度ベースで朝日裁判を起こしたようなきわめて非人間的な、憲法二十五条にいうところの健康にして文化的な生活などは全く保障し得ないということで問題になりました。
それで、質問に移りたいと思いますが、結核患者に対して支給されますところの日用品費につきましては、かの朝日裁判で憲法論議を巻き起こした重大な一つの問題になったわけでありますが、この日用品費が、昭和四十三年度予算で月額幾ら支給されることになるのか。また、障害者加算については一体幾ら支給されますか。あわせてハンセン氏病患者に対する本年度予算の支給金額をお尋ねしたいと思うのです。
防衛予算その他については聖域扱いにしながら、この問題については、一定のルールが朝日裁判以来できておったんだが、それを今回ぶちこわした。この中身についても議論したい。児童施設やその他の食費なんかというのはひどい扱いだ。たった一〇%しか上がっていない。そういうのがある。
これをやっぱりいままで——ようやく朝日裁判以来確立されたそういう基準、消費水準の上昇率、その基準を下回るような、半分になるようなことをあなたはやるのですか。そういうひどいことをやるのですか、あなたは。これは、私は佐藤総理がおられましたら徹底的に議論したいと思うけれども、そういうことをおやりになるのですか。この新聞に書いてあるけれども、いかがですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 朝日裁判で勝ったといって喜んでおるわけじゃございません。これはひとつ私は、政府は喜んでおるというわけじゃございません。その点は誤解のないように願います。ただしかし、かねての主張どおりでございますから満足しておると、かように答えた。
しかし、憲法に書いてある最低生活までいかぬにしても、朝日裁判が起こるような生活保護基準、それよりも悪いところに税金をおっ取られて追い込まれるということについては、これはたいへんな問題があると私思うのです。応益主義、応益主義とおっしゃるから、あとでもっとほかの面で応益主義をやるべきだという点を私は指摘します。
これは民事だって刑事だってやればやれることですからあれですけれども、従来ずっと刑事畑を歩んで来られた方が朝日裁判のあのむずかしい事件の裁判長だということになってきますと、どうも何か──最高裁の裁判官は万能だから、何でもおやりになれるのでしょうが、どうも少しという感じを受けるわけです。
朝日裁判の精神は、いまだに地方裁判所の判決の精神は生きておるといわなければならぬ。そういう点について配慮をしなければ、社会保障というものは、やたらに圧力に押されてアンバランスを増大する。私は全部調べてみたが、たくさん言いたいことがあるが、時間の関係でひとつ集中的に取り上げておきます。
これは朝日裁判のいろいろの裁判の論告とか、その他の判決の条文なんかごらんになるとはっきりいたしますけれども、ともかく一定の時点において、一定の地域における健康で文化的な最低限度というものは客観的なものがなければならない。それをいままで厚生省がそういうものについて腹づもりで要求をし、大蔵省は腹づもりで査定をされて、内閣がいいかげんなところできめる、そういうこと自体が許されない。
でありまするから、いまの進歩的学者の中では、この公共の福祉に対する裁判のあり方に対しても、裁判所は頼むに足らぬ、いわゆる憲法が保障した自由と権利とが立法、行政によって不当に侵害される場合にも、これに合意のお墨つきを与えるか、あるいは司法権の範囲外として裁判を回避する、最高裁判所において特にその傾向が強い、砂川事件においてしかり、朝日裁判においてしかり、こうして公共の福祉という概念の中に労働者の基本権
その実証が砂川事件にも見られるし、朝日裁判にも見られるじゃないか、だから、裁判の公正を期するためにも、基本人権を正しく守るためにも、公共の福祉だとか全体の奉仕者などという概念をこの際明確にしておく必要があるのではないかというのです。これは学者の意見がある。 〔「それは危険思想だよ」と呼び、その他発言する者あり〕
従来、本法の取り扱いにいろいろ苦情が生じ、かつ、その処理が必ずしも適切に行なわれないことは、いわゆる朝日裁判の例をもっても明らかでありますが、裁判に訴えることはもちろん、実際は官僚の手によって冷ややかに処理されることが多い知事決定に期待が持てず、苦情申し立てすらもあきらめている対象者が多い今日、民主的な機関を設けて本法のよき運用を期することが緊要なことであり、そのため、第六十五条の二の規定を新設し、
従来、本法の取り扱いにいろいろ苦情が生じ、かつ、その処理が必ずしも適切に行なわれないことは、いわゆる朝日裁判の例をもっても明らかでありますが、裁判に訴えることはもちろん、実際は官僚の手によって冷ややかに処理されることが多い。
せんだって岡山の結核療養所で訴訟の続行中になくなりましたあの朝日茂君の起こした朝日訴訟ですね、朝日裁判なんかのようなものが結果として出てきておるんですね。結局、独立採算にはしないと言いながら、独立採算に事実上数字の上からなってきていることが、これは雄弁に物語られておる。
これは特別会計にできるわけはないということで、朝日裁判の問題がございましたが、あれは一般会計の中でまかなっておる問題でございます。
ですから、朝日裁判などという痛ましい裁判が行なわれておる。諸君はあの裁判をどうお考えになっておられるか。人が極端な不幸な状態になる、たとえば病気になる、身体障害者になる等々は、それは必ずしもすべてがその人の責任ではありません。重要な部分は、その人の責任である部分もあります。しかし、すべてがその人の責任ではありません。
○長谷川(保)委員 朝日裁判の話が出てきましたので、ついでに私は、朝日裁判のことでこのことと関係して申し上げたいのでありますけれども、今度厚生省のほうの控訴理由書の中に書いてありますように、朝日茂君の厚生大臣に対する不服申し立て書によれば、日用品費等について特に不足する旨の申し立てではなく、もっぱら嗜好的栄養補食費として月額四百円、一日にして十三円ですね、その内容は、くだもの、甘味料を二百円、卵を百十円
これは先ほど朝日裁判の控訴理由にあったように、国会で審議したのだからそれは文句を言うなということであれば、納得できません。ことに私は、厚生省が出しております三十七年度の国民栄養調査で、国民平均の一日当たりの食糧材料費が百四十二円八十五銭、前年比一三・七%アップ、こういう数字が出ている。
そういうことから朝日裁判が起こってくる。私は、先ほど申しました百五十円の食事を出しているところ、これをしからないでもらいたい。絶対にしからないでもらいたいということを条件にして、ずばり申し上げます。朝日裁判、岡山療養所、それが正しいのだ。岡山療養所の所長に国会は賞状を贈らなければならない。それがほんとうなんです。
朝日茂氏が御承知のように告訴しまして朝日裁判をやったことも御存じでしょう。この結果はあまり芳しく出てないようですけれども、だれだってこれは常識でわかると思うのです。そういう中で、何とか苦労をしてカロリー計算なんかしてここで御答弁しなければならない、これではあまりにひどい。豚箱といわれていますが、豚のえさよりもちょっと悪いのじゃないか。私は豚のえさのほうがはるかに多いんじゃないかと思うのですがね。
いまの生活保護は、総理大臣の答弁によると、基準を引き上げたことを相当自慢しておられますけれども、朝日裁判の示しておりますように、生きていけない人権じゅうりんであって、憲法二十五条違反であり、社会保障がないために生まれたところの救貧政策であるのであります。
従来、本法の取り扱いにいろいろ苦情が生じ、かつ、その処理が必ずしも適切に行なわれないことは、いわゆる朝日裁判の例をもっても明らかでありますが、裁判に訴えることはもちろん、実際は官僚の手によって冷やかに処理されることが多い、知事決定に期待が持てず、苦情申し立てすらもあきらめている対象者が多い今日、民主的な機関を設けて本法のよき運用を期することが緊要なことであり、そのため、第六十五条の二の規定を新設し、