1950-12-08 第9回国会 参議院 本会議 第9号
而して用途廃止の土地のうち二千五十七坪は月輪中学校の敷地として、又九千四百二十五坪は日吉ヶ丘高等学校の建築敷地として京都市から拂下の申請がなされておるとのことであります。本件につきましては、愼重審議の後、討論、採決の結果、全会一致を以て異議なきものと議決せられました。 右御報告いたします。
而して用途廃止の土地のうち二千五十七坪は月輪中学校の敷地として、又九千四百二十五坪は日吉ヶ丘高等学校の建築敷地として京都市から拂下の申請がなされておるとのことであります。本件につきましては、愼重審議の後、討論、採決の結果、全会一致を以て異議なきものと議決せられました。 右御報告いたします。
本件は、第八十七代四條天皇の月輪陵外六十八基の陵墓の所在地として皇室用財産に残されていたもののうち、土地二千五十七坪を月輪中学校の敷地として、また九千四百二十五坪を日吉ケ丘高等学校の建築敷地として、その用途を廃止しようとするものであります。
この陵墓地は、第八十七代四條天皇の月輪陵外六十八基の陵墓の所在地として皇室用財産に残されていたものでありますが、今回用途廃止をしようとするもののうち土地二、〇五七坪は月輪中学校の敷地として、又九、四二五坪は日吉ケ丘高等学校の建築敷地として、京都市から開放の申請がなされているものでありまして、いずれも陵墓の所在地から相当の距離があり孤立した飛地でありまして、これを用途廃止しても陵墓管理上支障がないと認
この陵墓地は、第八十七代四條天皇の月輪陵外六十八基の陵墓の所在地として、皇室用財産に残されていたものでありますが、今回用途廃止をしようとするもののうち、土地二千五十七坪は月輪中学校の敷地として、また九千四百二十五坪は日吉ヶ丘高等学校の建築敷地として、京都市から開放の申請がなされているものでありまして、いずれも陵墓の所在地から相当の距離があり、孤立した飛び地でありまして、これを用途廃止しても陵墓管理上支障