運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
85件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

1954-12-18 第21回国会 参議院 外務委員会 第3号

同盟というものを封じ込めてしまおうというような政策を立てておる当の主人であるジヨージ・ケナンとか、或いは帝国主義の急先鋒のスポークスマンとまで考えれておるハンソン・ボールドウインというような人までもこの頃非常に対立して、そういう中国、ソヴイエトというものを敵とすべきでないというようなことを言いかけて、それがアイゼンハワー大統領の頭をだんだんと支配するようになつて来ると、それから同じ統合参謀本部曾つて日本

大山郁夫

1954-12-17 第21回国会 参議院 外務委員会 第2号

現実には日本ビルマとの間に戦前に適用されております条約というものは極めて少いのでありまして、恐らく曾つて日本イギリスとの間に、船舶積量に関する協定というものがございました。これがビルマにも適用されておりましたが、この日本イギリスとの間の船舶積量に関する協定という条約が復活に該当する条約の例であろう、それ以外にはちよつと見当らないのでございます。  

中川融

1954-11-12 第19回国会 参議院 農林委員会 閉会後第19号

これは特殊中の特殊でありまして、今まで曾つて日本の農民の中にこういうような悲惨な姿を現わしておるところは私はないと思う。それを今までの法律に基いて今の大蔵省考え方ではこれは解決できない。これに対して先ず加藤国務相の、北海道をお廻りになつて、そうして受けた感じと、私の今申上げましたいろいろな数字をお考えになりまして、最後までこれを政治的に解決するという御意思を御決心があるかどうか承わりたい。

石川清一

1954-09-18 第19回国会 参議院 通商産業委員会 閉会後第9号

と申しますのは、まあこれは水力電気建設費というものは大きな地点になればなるほど単位当り建設費がずつと下つて来るのでありまして、現在電源開発会社が計画しておりまする地点は御承知のような佐久間にいたしましても、或いは只見川水域にいたしましても非常に大きな地点曾つて日本になかつたような地点でございまするので、今私どもの見込といたしましても非常に安いものになつております。

藤井崇治

1954-06-02 第19回国会 参議院 本会議 第57号

吉田首相曾つて、日本戦争を放棄し、軍備を放棄したのであるから、国を護る自衛権はあつても、武力によらず、外交その他の平和的手段によつて国家を自衛すると主張しておりました。我々の見解と若干似ておる点はここでありまして今日の吉田首相の態度は、先の植竹君が言つたように、我々の主張とは根本的に違うのであります。ところが今度は武力を持つ自衛隊を持つに至つたのです。

戸叶武

1954-06-02 第19回国会 参議院 本会議 第57号

(拍手)曾つて日本を敗戦に導き国民を塗炭の苦しみに投げ込んだ戦争指導者並びにこれに連なる一連の方々は、再び過ちを犯そうといたしておるのでございます。これが反対の第一の点であります。  次に、反対の第二の理由は、この自衛隊は、自主性なき、傭兵的性格であり、日本経済を破綻し、民生安定を損うものであるということでございます。

矢嶋三義

1954-05-18 第19回国会 参議院 内閣委員会 第37号

言葉も不自由な遠い異郷にあつて、家庭の愛情を失つた青年たち、明日の命もわからない心の動揺、それが刹那的な享楽的な気持になつて犯す過ちの悲しさ、苦しさ、眼の色、皮膚の色の違つた置き去られた子供の問題、赤線区域売春問題等は、今日本が受けている一番大きな深刻な事柄で、同じことが曾つて日本が東南アジアに対して犯した罪、その償いもできないうちに再びこのような危険な状態を繰返えそうとするのでしようか。

今尾アツ子

1954-04-27 第19回国会 参議院 外務委員会 第26号

次に極東政策を含むアメリカ世界政策であるが、アメリカは中ソ両国東西南北から大きく包囲するところの軍事的鉄環をはめて行く政策をとつていますが、この政策は平和ではなく戦争への道であることは、曾つて日本にはめられたABCDの包囲政策が遂に太平洋戦争なつたことを見れば自明の理であります。アメリカ政策極東で目指すものは決して単に共産主義の発展を抑えるだけではございません。

中田吉雄

1954-04-19 第19回国会 参議院 内閣委員会 第23号

そのためにこの百二十五名は大村にもう一遍戻して参りましたが、それはどういうことかと申しますと、それは終戦前から日本に居住いたしておりまして、登録法違反その他併合罪というようなことで、やはり昔の外人登録令違反であつたのでありますが、そういうものは曾つて日本終戦前までずつとおつた人だから、日韓会談の途中で問題になつておる際であるから受取らないということで、そういう連中が再び戻つて参りました。

鈴木一

1954-04-13 第19回国会 参議院 外務委員会 第21号

そういう意味ではなくて、正統政府といえども曾つて、日本などよりももつとアジアには独立を完成しないために相当なかいらい政権というものもあることは御存じ通りであります。これは世界の世論でありますから、これは日本が何と考えようとも自由であつて、そしてそれがそういう国は日本と正式な交渉を持つているからそれを認めるべきだとおつしやるならば、それも一つの外交的な立場でありましよう。

高良とみ

1954-04-13 第19回国会 参議院 内閣委員会 第20号

朝鮮の人の関係につきましては現在においては平和発効と同時に外国人である、曾つて日本国民であつたけれども、法的には外国人であるという取扱に徹底をいたされておりまして、従いまして出入国管理令上の外国人である。で、日本在留を認められた外国人として、在留中にいろいろな日本に好ましくないことをいたしますれば強制退去を命じ得ることになつておりまして、出入国管理令の二十四条というのがその規定になつております。

鈴木一

1954-03-25 第19回国会 参議院 外務委員会 第11号

これは曾つて日本も同じようなことを言つて、支那に対して実は戦端を開きながら、これを支那事変と称し、満洲において軍事行動を起してこれを満洲事変と称したのでございまして、いわゆる警察行動なるものが、当事国警察行為であるといつても、国際法上客観的に見てこれが警察行為であつて戦争ではないとはなかなか言えない。

柳井恒夫

1954-03-05 第19回国会 参議院 本会議 第15号

そのため常任理事国の重要な地位を占めながら、国際労働会議の席上で、曾つて日本が低賃金及びダンピング問題などについて専ら弁明に努めた当時と同じようなことになる戻れはないか」との質問に対しましては、「現在各国の間に、日本労働状態国際水準を下廻つておるというような声があるとは開いておらない。日本としては勿論十分ILO憲章の精神を遵守して行く方針である」との答弁がございました。  

佐藤尚武

1954-03-02 第19回国会 参議院 外務・労働連合委員会 第1号

曾つて日本常任理事国でありましたときは、日本はジユネーヴに国際労働事務局を置いてもつぱらそのほうの事務処理に当らせておつたのでありますが、今度常任理事国になりました場合に、曾つてありました国際労働事務局のような特殊の機構をILOの所在地に置かれるお考えがおありでありますかどうか、お伺いしたい。

寺本廣作

1954-02-19 第19回国会 参議院 厚生委員会 第9号

そこで国家が定の試験を課して、そうしてその基準に合つた者だけを医者としての免状を与えるというのが国家試験のこれは目的であるので、そういう時代が日本におきましても御承知のように明治の何年かくらいから明治の三十数年までの間に起つて曾つて日本でも国家試験があつたことを私どももよく覚えております。ところがだんだん日本医学機関が完備せられまして、初め医学校と。

有馬英二

1954-02-05 第19回国会 参議院 電気通信委員会 第4号

何故かと申しますと、曾つて日本でも同軸ケーブルを作つたことは御承知通り、ただ日本同軸ケーブルよりも向うのほうの構造が非常にしつかりしておるというわけです。而も同軸ケーブルにかけるチヤンネル数が非常に多いために、さつきのウエーブ・ガイドと同じように、ケーブルの中の構造が少しへこんだりでこぼこがあると、忽ち反射が起きる。その関係ケーブルを作りますときの注意が必要であるというわけです。

梶井剛

1954-01-28 第19回国会 参議院 本会議 第5号

(拍手)曾つて日本との間に中立条約ができたのを、これをソヴイエトが一方的に破つたことは記憶に新たであると思います。若し諸君記憶において社会党の諸君において健忘症でない限り、終戦の数日前において不可侵条約を破つたのソヴイエトであります。この歴史上の事実があるにもかかわらず、これを無視してソヴイエト平和宣言を文字通り受取るに至つては甘すぎると言わざるを得ない。

吉田茂

1953-12-06 第18回国会 参議院 予算委員会 第3号

日本防衛計画について、アメリカの雑種にいろいろ載つておるというようなお話ですが、私はアメリカ人たちに未だ曾つて日本防衛計画を話したことはありません。はつきり申上げます。而して、只今保安庁においては慎重に日本防衛計画がどうあるべきかということについて、資料を各方面から検討中であります。従つてその結果はまだ出ておりません。なお、大蔵省との間の折衝も結末に至つていないという状況であります。

木村篤太郎

1953-10-28 第16回国会 参議院 通商産業委員会 閉会後第5号

と申しますことは、先般も、もう御存じだと思いますが、曾つて日本が最も重大なる、又重点を置き、又量的にも金額的にも非常に大きな輸出品であつたところの繊維品なんというものは中共只今のところじやこれは嘘か本当か知りませんけれども、全く綿花も自給できるのだ、綿糸、綿布も自給できるようになつたのだ、これは中共の有史以来の歴史的な事実である、こういうことも言われておる。

岡野清豪