2017-02-22 第193回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 第1号
少し残念に思うのは、日本書紀という日本最古の歴史書の編さん千三百年という節目の年であるにもかかわらず、文化庁も含めてですけれども、日本人の関心が本当に低いということを本当に残念に思います。
少し残念に思うのは、日本書紀という日本最古の歴史書の編さん千三百年という節目の年であるにもかかわらず、文化庁も含めてですけれども、日本人の関心が本当に低いということを本当に残念に思います。
そこで、まずお伺いをしたいと思いますが、日本書紀という書物の編さんの経緯と、それから日本の文化史における意義についてお答えいただきたいと思います。
そういったものの中にあって、メーンストリームの考え方の一つなんだと私はそう思いますけれども、私どもはやっぱり、何でしょうね、世界なら世界の中で、千五百年以上も前から少なくとも国として今の日本という国の同じ場所に同じ言語をしゃべって、万世一系天皇陛下というような国というのはほかにありませんから、日本以外でこれらができているのは十世紀以後にできましたデンマークぐらいがその次ぐらいで、五世紀から少なくとも日本書紀
そういうことを比べますと、日本のその歴史、古事記や日本書紀、万葉集なんて物すごい古い歴史が誇ることができるわけで、そういうことを考えたときに、私は、そこに我々が住む、我々の子供たち、孫たちがそういう自信や誇りを持てるような、そのような国土を形成するのが我々のこの国土交通省の使命だと思います。
これは、当然ながら、歴史学の上においては、その実在性等々についてはいろいろ議論があるわけですが、少なくとも七世紀の終わりごろ、日本書紀だったと思いますけれども、壬申の乱で大海人皇子が兵を挙げたときに、これに呼応して大伴一族が兵を挙げた、そこで、カムヤマトイワレヒコノスメラミコトの墓のあるところに参ったかどうか、何かそういう記述がたしか書紀にあったように私も記憶しております。
さらに、古事記や日本書紀といった日本民族の歴史の根幹をなす神話についてももっと光を当てるべきであります。 本年は、子ども読書年として衆参の本会議で決議されております。子供たちの心豊かな成長を目指す上で、本に親しむことは欠かせません。年齢や発育に応じた神話の本をもっと整備して、子供たちに読んでもらうよう政府としても取り組むべきであると思います。
それから、観点を変えますと、本来ならば書紀官が余り期日経過を経ないで調書を作成しております、こういうことだったのですが、だとすれば、特段の事情が何かあるときに、これは見方の相違になるかもしれませんが、書記官ないしは裁判所の方で、当事者または当事者の代理人に、調書を作成しなくてもよろしいかというような聞き方もあろうかと思うのです。
欧州地域のみならず極東においてのSS20も撤去してもらいたい、そうであればパーシングII、巡航ミサイル等の配備はしない、こういうことを言っておるのでありますから、私は、そういうことに対してブレジネフ書紀長はこたえなければいけないと思うのです。
それに加えまして、高松塚の古墳が調査をされたり、あるいは埼玉県の古墳が調査をされたり、あるいは九州のどこそこの古墳が調査をされたりと、こういう状態の中で、昨年でありましたか、太安萬侶のお墓が偶然に発見をされたと、こういうような記事なんかも見まして、日本書紀というのは太安萬侶がその編さんにかかわりを持っておったというそういう歴史的なお話は承知はいたしておりましたものの、その日本書紀が一歩目の前に近づいてきたという
この中身の政治的な問題は、一党の幹事長として五党の書紀長・書記局長会談を開いておいて、実際にそこでまとまり得る内容がありながら実はまとめることを望んでいなかった、民社党とだけ話し合って強行採決したかったということで、つまり五党をペテンにかけたということだと思います。そういう点では、もみ消しにもみ消しを重ねるロッキードのようなことをするのじゃなくて、事実を国会と国民の前に明らかにすること。
そういう、事実上において一等書記官といって——日本でも戦争中においては特高警察を指揮するために内務省から総領事館なり大使館なりに出向いていた人があるし、いまでも警察庁から韓国に一等書紀官の人も行っていますが、それはいろんな形が全部悪いというわけではありませんけれども、あの戦時中のような特殊な空気の中と違って、いまのようなときに——韓国は非常時かもしれませんが、こういうようなことが外交特権を看板にして
私どもといたしましても、返還を一日も早く実現したいということから、四十三年の四月二十日には、地元の北公会堂におきまして、わが党の竹入委員長、あるいは矢野書紀長なども出席して、ともどもに住民大会を開催いたしまして、その後返還運動を経続してまいりました。また、私自身も、国会におきまして、四十五年の三月十七日に、さらには四十六年二月二十日にこの問題を取り上げて、返還の促進を叫んでまいりました。
こういうものが発掘によって出てまいりましたが、最初の年に掘りましたときには、そういう大陸文化の影響というものが書紀なんかにあらわれておる、そういう大陸文化の影響というものを非常に強く感じたわけであります。 ところが、その翌年になりまして塔の心礎の礎石を発掘いたしました。
○坂田国務大臣 ここで問題になっておりますのは、「すべて皇室が日本を統一してのちに、皇室が日本を統治するいわれを正当化するために構想された物語である」ということ、「すべて」ということ、あるいはこれを「正当化するために」という、ここと全体としてのことが、私としては古事記、日本書紀というものの取り扱いとしては客観性がないというふうに申し上げておるわけです。
特に神代の末期という書紀の問題などはごらんになればどなたも理解いただける点でございますので、やはり指導上においてはそういうところを十分注意して、神話に物語られておる事柄ということは歴史の上で起きこととは違うのだということを明らかに区別して指導しなければならぬ、このように考えておりますし、学習指導要領もそういう前提で神話を文化遺産の一つとして取り上げておる、こういう考え方でございます。
しかしながら私どもといたしまして、同じような事件が次々と起こっておりますので、何とかこれをやめていただくことができないかということで、とりあえず六月二十二日の午後に大阪法務局の人権擁護部長が、全逓信労働組合の近畿地方本部の執行委員長、書紀長の二人の方に法務局までおいでを願いまして、そしていろいろと話し合いをいたしました。
研究室の中で古事記、日本書紀というようなものを見られてね、これはこれを書いた時代の哲学なり何なりでやったんだが、しかし、事実は何とかということを言って、そこでは、ただし外部へ行って言うなよ、外部へ行って言えばおまえがやられるんだからというようなことを言って、それで当時の学生は、そのことを言ったら自分がやられるからということで言わないでおいたということをテレビで言っていたが、これは師範学校の歴史の教師
その中で、裁判所書紀官の経歴を有する者につきましては、筆記試験を免除いたしまして面接でやる。それから四等級の資格を持っておる者につきましては、法律の、ことに執行吏関係の法規の筆記試験をいたしましてそれから面接で採用する。それから四等級と申しましても、これに準ずる者も含めていく。
ことに、正月朔日を神武天皇即位の日に当てたということは、それがたとえ伝承や書紀選者の創作によるものであるにせよ、古代の日本人が、万象ことごとく開くものと考えた年の初め、このめでたい日を即位の当日であってほしいと念願した国民的願望のあらわれであって、これこそ科学的云々を越えた国民的真実であることに、この際ぜひ御刮目を願いたいと思うのであります。
これは言い伝えもあり、あるいは文献的なものからたどったものもありましょうが、そういったような非常に貴重な日本書紀というもの、日本にまれな古代史を描いた書物がある。
日本における国家の成立は、このころとするのが穏当でありまして、書紀に伝える神武即位の年とは千年ほどの隔たりがあります。神武即位の日を建国の日とすることは、この点からも無意味と思われます。 しかし、今日の後園記念日の論議は、神武天皇の実在性とか、実際の建国の日との関係は問題ではないのであって、建国の日をつくることによって、建国の昔をしのぼうということのようであります。
○国務大臣(安井謙君) これは二千何百年あるいは、二千年等の昔にさかのぼる問題でございまするから、歴史学上あるいは考古学上、科学的に実証する日というものは、なかなか学問的にはつかみにくい、しかし、日本の古代史の聖典である日本書紀あるいは古事記というものを参考にいたしました場合に、私どもは、日本建国の日を象徴的な意味で神武天皇即位の日と、こういうふうに考えるのが正しかろう、でありますから、いつかわからぬと
その際における了解事項は、委員の人選に当たっては三党と話し合うということは公表をしないということも明らかでありますが、さいぜん大出氏のお話しのように、社会党内部においては、この問題も内部の書紀長報告として報告があったと私どもも聞いております。したがって、公夫をしないということについては、三党間の申し合わせでそういう話し合いができたのだ、かように理解をいたしております。