1994-02-09 第129回国会 衆議院 厚生委員会 第1号
阿賀野川は、御認識と思いますが、過去の大きな公害病の四日市ぜんそくとか神通川のイタイイタイ病問題と同じように、この流域で実は昭和四十年初頭にに水俣病が発生し、昭和電工鹿瀬工場のアセトアルデヒドを原料とする有機水銀から今まで約六百九十名の公害認定患者が出ております。また、今約千二百名の地域住民がやはりこの認定を求めまして、約二百三十一名が裁判係争中であるわけでございます。
阿賀野川は、御認識と思いますが、過去の大きな公害病の四日市ぜんそくとか神通川のイタイイタイ病問題と同じように、この流域で実は昭和四十年初頭にに水俣病が発生し、昭和電工鹿瀬工場のアセトアルデヒドを原料とする有機水銀から今まで約六百九十名の公害認定患者が出ております。また、今約千二百名の地域住民がやはりこの認定を求めまして、約二百三十一名が裁判係争中であるわけでございます。
当時の状況におきましては、新潟水俣病の原因物質が特定されていなかったこと、昭和電工鹿瀬工場からのメチル水銀の排出が明らかでなかったことなどから、阿賀野川水域につきまして、この水質保全法に基づきます水質基準の設定、同水域の指定水域としての指定がされておらなかったわけでございます。
また、新潟水俣病は、昭和電工鹿瀬工場アセトアルデヒド製造工程で副生されたメチル水銀化合物を含む排水が中毒発生の基盤と、これは科学技術庁が公害病として公式認定をされているわけでございます。 この政府見解があるのですけれども、通産省がそういうふうにおっしゃるのが私にはどうしても納得がいかないのでございます。
最後に、科学技術庁に、新潟の水俣病についてちょっと意見を聞いておきたいと思うのですが、昨年九月二十五日に政府見解が発表されたこの阿賀野川の水銀中毒事件でありますけれども、昭和電工鹿瀬工場の長期汚染が関与し、中毒発生の基盤をなした、こういうような発表があったわけでありますけれども、その後訴訟に持ち込まれたりしておりますが、農薬でなかったというような新しい事実がだいぶ発表されておるわけでありまして、これについて
次に、長期汚染源として考えられるものは、主として昭和電工鹿瀬工場の排水である、こういうことでございます。四番目に、それでは短期濃厚汚染源として考えられるものは何かと申しますと、新潟地震によります埠頭倉庫の保管農薬の流出ということ、あるいは昭和電工鹿瀬工場の操業停止前後の汚染の急増――これは管理の問題でございましょうが、操業停止前後の汚染の急増の問題などが一応考えられる。
そこで長期のものは、文句の書き方が非常にむずかしいのですが、中ではっきりとわかることは、阿賀野川に汚染を及ぼす水銀取り扱い工場からの排水を考えることができて、その工場としては昭和電工鹿瀬工場があるということで、昭和電工鹿瀬工場が長期にわたって汚染したということは、これははっきり科学技術庁は認めているわけなんです。その点は一つ摘出をした。それからその次に可能性としては短期のものが考えられる。
それと同時に、科学技術庁でも、この阿賀野川の問題については、昭和電工鹿瀬工場が流出した化合物が中毒の原因である、こういうような発表をなすっておるのです。そのほかに、厚生省としては、この熊本の水俣病については、新日本窒素肥料水俣工場の排出したメチル水銀化合物が原因である、こういうふうな見解を発表しているでしょう。
すなわち、新潟県阿賀野川有機水銀中毒事件の汚染源について、すでに昭和四十二年の四月十八日に、厚生省の特別研究班が科学的な調査研究の結果、汚染源は阿賀野川河口を六十キロさかのぼったところの昭和電工鹿瀬工場の廃液であるということに診断するということが多くのデータやいろいろなものに記されてあるわけであります。
○野津説明員 食品衛生調査会の答弁にございますように、昭和三十九年八月から四十年七月にわたっての患者の発生あるいは魚体内の水銀蓄積量は高められたということにつきましては、調査会でも、新潟地震あるいは集中豪雨及び昭和電工鹿瀬工場におけるアセトアルデヒド製造の操業停止前後における管理の状態などについて検討いたしたわけでございますが、新潟地震に関しましては、新潟港埠頭倉庫に保管中の農薬の阿賀野川への投棄あるいは
○吉光政府委員 通産省といたしましても、原因物質が有機水銀でございますこと、あるいはまた、昭和電工鹿瀬工場からもメチル水銀が排出されておるということ、そのことにつきましては、別に異論があるわけではないわけでございます。
それからさらに、これは昭和電工鹿瀬工場で、「アセトアルデヒド製造工程中に副生されたメチル水銀化合物が工場排水によって阿賀野川に流入し、アセトアルデヒドの生産量の年々の増加に比例してその汚染量も増し、」その川魚に蓄積されたものを沿岸住民がとってこれを食べることによって「人体内に移行蓄積し、その結果発症するにいたったものと診断する。」こういう結論でございますね。そのとおりでよろしゅうございますか。
先ほど御紹介ございました厚生省の調査機関の御報告書、並びに私どもと厚生省との間で質疑を取りかわしましたもの等を基礎にいたしまして、結論を出したわけでございますが、通産省といたしましても、あの事件がメチル水銀によりますところの有機水銀による中毒事件であるということ、また昭和電工鹿瀬工場からもメチル水銀が排出されておったという事実につきましては、これを否定いたしておるわけではないのでございます。
○島本委員 そして、それに対して結論がはっきり出たのは一つであり、そのほかは資料なしあるいは資料が足りない、こういう結論で、ただ一つ結論が出たのは、阿賀野川上流の昭和電工鹿瀬工場がメチル水銀を流した、これだけは確かだが量が不明である、これが結論の一つであり、あとは資料不足、資料なし、こういうふうな結論だった、こういうふうに報告を受けているのですが、これに相違ございませんか。
通産省といたしましても、実はこの阿賀野川水銀中毒事件におきます原因が有機水銀中毒であるという点、それから昭和電工鹿瀬工場からメチル水銀が排出されているという点について異論を差しはさんでおるわけではないわけでございますが、阿賀野川が汚染されました汚染源といたしまして、有機水銀のその源でございますが、その源が複数あるという中におきまして、そのいずれか一に確信を持って、これがその原因者であるということを断定
この汚染源は、阿賀野川水流の鹿瀬地区にある昭和電工鹿瀬工場で生産中に副生されるメチル水銀化合物が阿賀野川に流入し、魚の体内に蓄積し、人体内に移行蓄積し、その結果発症する、こういうふうに言っておるのですね。
○吉光政府委員 通産省といたしましても、原因物質が有機水銀でありますこと、また昭和電工鹿瀬工場からもメチル水銀が排出されていたということにつきましては、全然異論はございません。
結果として、結論は、文章は省略いたしますけれども、昭和電工鹿瀬工場においてのアセトアルデヒドの生産に伴って出された水銀が、阿賀野川を長期広域にわたって汚染をしている、それが魚の中に入り、かつそれを多量に食べた人間の水銀蓄積が異常に高められた、これがやはり基盤であるという考え方に立っておるわけでございまして、その考え方をそのまま厚生省の見解として、科学技術庁に申し出ておるわけでございます。
すなわち、その汚染源は阿賀野川上流鹿瀬地区にある昭和電工鹿瀬工場で汚染機序はアセトアルデヒド製造工程中に副生されたメチル水銀化合物が工場排水によって阿賀野川に流入し、アセトアルデヒドの生産量の年々の増加に比例してその汚染量も増し、それが阿賀野川の川魚の体内に蓄積され、その川魚を一部沿岸住民が捕獲摂食を繰り返すことによってメチル水銀化合物が人体内に移行蓄積し、その結果発症するにいたったものと診断する。
今日、厚生省では食品衛生調査会等の大臣に対する答申等も得て、いわゆる厚生省の段階では、新潟の阿賀野川における水俣病は、昭和電工鹿瀬工場の排水である、こういう判断をくだしておるわけでありますが、これが科学技術庁に持ち越されまして、科学技術庁の今日まで何をやってきたかというレポートを見ますと、関係各省の打ち合わせをやった、農林省、通産省あるいは経済企画庁等々に対してそれぞれの省の意見を求めた、それに対して
これをメチル水銀に換算をすると相当な濃度になって、厚生省が御指摘になったような、昭和電工鹿瀬工場が一年間に百五十キロのメチル水銀を流しておりました、こういうように疫学班は仮定をしておりますけれども、かりにそれをまるでうのみにした数字よりも、こういうようにして農薬を散布したその中に含まれている水銀の中のメチル水銀のほうがはるかに多いのだ、こういうことをこのグラフはあらわしておりますが、その下に算出基礎
内容を概略申し上げますと、この食品衛生調査会の諮問書に対する答申の中で、一番は「本水銀中毒事件の発生に関しては、昭和電工鹿瀬工場においてアセトアルデヒド生産高が増加するにつれてメチル水銀を含む水銀化合物の生成が漸増し、それが排水中に流出し、同工場下流の阿賀野川流域を長期、広域にわたり汚染し」云々と、こうありますが、「メチル水銀化合物の流出及びそれによる長期、広域汚染」の具体的な内容とそれを証する科学的根拠
そこで、第一項では「昭和電工鹿瀬工場においてアセトアルデヒド生産高が増加するにつれてメチル水銀を含む水銀化合物の生成が漸増し、」云々と、こういうことになっておりますから、この点では原因がきわめて明瞭であります。
○舘林説明員 疫学班の報告、これは、この分析は分析班でございますが、先ほどお答え申し上げましたように、昭和電工鹿瀬工場のボタ山から、六百四十、六百二十四というような高濃度の水銀の含有量が出てまいりました。これに対しまして、日本ガス化学のほうのボタ山から出てきたものは五・一、八・六というような数字でございます。
昭和電工鹿瀬工場元従業員の略歴をちょっと御紹介申し上げますが、現住所は新潟県東蒲原郡三川村字九島、氏名は斉藤忠夫、年齢が五十九歳と、こういうわけであります。で、斉藤氏は昭和十年十月同工場に入社、昭和三十八年回工場を退職したが、三十年近くも同工場のアセトアルデヒド製造工程で無機水銀を扱っていた工員であるが、退職時には組長であったと、こういうわけであります。
○政府委員(村上茂利君) いま御指摘の昭和電工鹿瀬工場、現在は鹿瀬電工というふうに名称は変わっておるようでありますが、いま申されました諸点につきまして、十分とは言えないかもしれませんが、一応私ども調査をいたしたところでございます。
社会福祉事業振興会法の一部を改正する法律案 (内閣提出) ○炭鉱災害による一酸化炭素中毒症に関する特別 措置法案(内閣提出) ○炭鉱労働者の一酸化炭素中毒症に関する特別措 置法案(藤田藤太郎君外一名発議) ○駐留軍関係離職者等臨時措置法の一部を改正す る法律案(内閣提出、衆議院送付) ○雇用促進事業団法の一部を改正する法律案(内 閣提出) ○労働問題に関する調査 (国際労働条約の諸問題に関する件) (昭和電工鹿瀬工場元従業員
熊本大学の水俣病に関する医学論文の全部、たとえば熊本医学会誌、日進医学、日本医事新報その他(日本衛生学会誌など)十二、阿賀野川中毒事件にあたり、厚生省編成の臨床研究班、試験研究班、疫学研究班三班全員の氏名、住所、役職名と班長名、十三、食品衛生調査会特別部会員の氏名、住所、役職名及び発足年月日と審議経過、十四、昭和三十一年以降、通産省より科学技術庁及び厚生省に転出した人員と氏名並びに前、現役職名、十五、旧昭和電工鹿瀬工場
その中で明らかに「昭和電工鹿瀬工場で、汚染機序は、アセトアルデヒド製造工程中に副生されたメチル水銀が工場排水によって阿賀野川に流入し、アセトアルデヒドの生産量の年々の増加に正比例してその汚染量も増し、それが阿賀野川の川魚の体内に蓄積され、それを一部沿岸住民が捕獲、摂食を繰り返すことによってメチル水銀が人体内に移行蓄積し、その結果発祥するに至ったものと考える。」こういうふうに結論が出ておるわけです。
厚生省の調査団が昭和電工鹿瀬工場の工場廃液と断定したが、この報告を受けた科学技術庁が各省庁と協議して国としての結論を出すことになっていると、それはそれでいいでしょう。あなたのほうで一千万円近い予算をお出しになったからまあいいけれども、一体、調査して国の結論を出すという、これは産経の新潟版でありますが、新聞に出ているわけであります。
そういう中で、一体、昭和電工側が科学の権威ある調査班の出向に対して、これは阿賀野川の上流におけるいわゆる昭和電工鹿瀬工場の工場廃液だ、それが川、魚、人体、こういう系統でいっているのだと、そういうものの中で、しかし、これは中間の発表で、よしんば国のやはり結論が出ても、これは農薬であって、承服できないのだ。