1967-05-17 第55回国会 衆議院 商工委員会 第8号
○菅野国務大臣 日中貿易の伸展ということにつきましては、実は私のことを申し上げて何ですが、戦後間もなく、私は大阪の日中貿易促進協会の会長をいたしておりまして、その後ずっと今日まで国際貿促にも関係いたしておりまして、日本と中国というものは、貿易あるいは経済的な関係がだんだんと密にならなければならぬという信念を私自身持っております。
○菅野国務大臣 日中貿易の伸展ということにつきましては、実は私のことを申し上げて何ですが、戦後間もなく、私は大阪の日中貿易促進協会の会長をいたしておりまして、その後ずっと今日まで国際貿促にも関係いたしておりまして、日本と中国というものは、貿易あるいは経済的な関係がだんだんと密にならなければならぬという信念を私自身持っております。
その後関係団体、たとえば国際貿易促進協会、日中貿易促進協会、こういう連中とわれわれとの報告会がグランドホテルで持たれたことは御記憶でしょう。そのときの野溝団長の御報告、あるいは戸叶里子さんのハバロフスクの報告は、決して今日見るようなああいう切々たる悲惨なものは全然発表にならなかった。全部いいような話ばかりでした。もう一つは、大田区の区民の留守家族の報告会に私と野溝さんがおいでになったはずです。