2016-10-04 第192回国会 衆議院 予算委員会 第4号
個別の施設変更等についても、東京都が東京都がと繰り返すばかりで、都合が悪くなると責任転嫁を繰り返します。リオの閉会式、お忙しい中、わざわざ地球の裏側まで行って、マリオに扮してアピールしていた姿は一体何だったのか、首をかしげざるを得ません。 国民的関心事の豊洲市場移転問題への対応も、全く同様です。
個別の施設変更等についても、東京都が東京都がと繰り返すばかりで、都合が悪くなると責任転嫁を繰り返します。リオの閉会式、お忙しい中、わざわざ地球の裏側まで行って、マリオに扮してアピールしていた姿は一体何だったのか、首をかしげざるを得ません。 国民的関心事の豊洲市場移転問題への対応も、全く同様です。
第二東京弁護士会から出ております意見で、これは要綱案に対する意見ですけれども、具体的な事件の名前も挙がっているので御紹介させていただくと、「小田急線鉄道施設変更工事合格処分差止請求事件、新石垣空港建設事業違法公金支出金返還等請求事件、泡瀬干潟埋め立て事業住民訴訟等、環境影響評価法施行後も、事業反対を訴える住民運動や事業の許認可の効力を争う訴訟等は後を絶たない。」と。
既に御案内のとおりでございますけれども、熊本市の慈恵病院が、様々な理由で子育てができない親から新生児を預かる、こちらの病院ではコウノトリが赤ちゃんを運んでくる童話にちなんで「こうのとりのゆりかご」という名称になさったようですけれども、いわゆる赤ちゃんポストの設置のために熊本市に対して、昨年十二月十五日、医療法上の施設変更許可申請書が出され、そしてまた十二月十八日に熊本市の担当者が厚生労働省を訪ねられております
○島田智哉子君 そうですね、あくまで医療法上施設変更に対して許可を出すということであって、そこに赤ちゃんを置き去りにするすべての行為まで法律で認められる、すべてが許されるということではないと、そのところをまず明確にする必要があるんではないかなと思うんです。 そこで、改めて柳澤大臣にお聞きします。
そして、具体的な着工までの手続でございますが、今先生から御指摘いただきましたように、漁業補償につきましては本年早々に決着をいたしておるわけでございますが、その後、手続といたしまして、一つは航空法に基づきます飛行場施設変更許可手続というのがございます。
御指摘のように、ことしの初めまでに関係の漁業組合との漁業補償についての話もつきまして、関西国際空港株式会社より運輸大臣に対して航空法に基づく飛行場施設変更許可申請が出されて、現在審査中でございます。また、これは埋め立てを伴いますので、関西国際空港用地造成株式会社より大阪府知事に対し公有水面埋立法に基づく埋立免許の出願がなされているところでございます。
平成六年に都市計画決定いたしまして、平成七年に鉄道施設変更認可を受けまして、本年の三月より連続立体交差事業に着手する予定と聞いております。工事につきましては、当面は連続立体交差化を進めまして、平成十五年度の完成を予定しているということでございます。その後、需要動向、財源確保等を見きわめた上で線増工事を進めるというふうに聞いております。
並びに小野谷信号場の行き違い設備、信号保安システム等に係る鉄道施設変更認可申請が行われたわけでございますけれども、調整官は部長のもとでこれらの許認可等の事務全般の処理を行っていたということでございます。 自殺をした理由、原因についてはよくわからないということで、原因はわかっておりません。
したがいまして、許認可の関係から申しますと、この変更計画に基づくいわゆる航空法上の施設変更の許可申請というのは、まだこのアセスメントをやっている段階でございますので、その申請が行われる段階にはまだ来ておりません。したがいまして、私ども運輸省といたしましては県の環境アセスメント、その推移を見守ってまいりたい、その上で適切に対処したいというふうに考えております。
○政府委員(児玉勝臣君) ただいまのウエストバレー工場につきまして、先ほど申し上げましたが、一九六一二年に着工いたしまして、一九六六年に完工しておりまして、その後六百三十トンの再処理をしたわけでございますけれども、一九六九年に、その施設変更をして、さらに年三百トンのものを七百五十トンに増加させるという設備の能力増加の計画を立てたわけでございます。
また、基地内の施設の関係でございますけれども、左側に切りかえますことに伴ってある程度の施設変更が必要であるということで、米軍サイドで主として現地の調査によりまして検討を進めました結果、四十三万七千百ドルという経費が必要であるというものを外務省の方に届けてまいっております。
ただいま先生御指摘のように、その後市町村の方から追加の施設変更につきまして要請等がございました。これにつきましては、私ども、九月に建設省並びに私どもの専門家を現地に派遣いたしまして、県それから市町村の担当者とも立ち会いの上、現地に視察をいたしまして、その要請との間の調整をいたしました。
○説明員(浅井新一郎君) 先ほど申し上げましたように、道路施設変更調査委員会を五十一年度につくりまして、これは都立大学の井上広胤先生を委員長に、委員二十名で構成された委員会でございますが、その委員会が前後四回開かれておりまして、幹事会を含めまして前後六回、その間、沖繩現地での調査が第二回の委員会と第四回の委員会ということで委員長以下現地に赴きましていろいろつぶさに調査したわけでございますが、この委員会
○国務大臣(藤田正明君) いまおっしゃいました道路施設変更調査委員会でありますが、この中には、いま先生がおっしゃいましたように、琉球大学の教授も入っておりますし、県の土木部長も、那覇市の土木部長もこれは全部入っているわけです。入っておられまして、専門家同士の話し合いの結果、一応そういうふうな個所数というものが決まったわけでございまして……
○説明員(浅井新一郎君) 御指摘にありました交差点改良等の個所についての地元との考え方の食い違いでございますが、これにつきましては、各種道路施設の変更必要事業量につきまして建設省、沖繩開発庁を初め沖繩県それから那覇市等の担当者も入れまして、学識経験者も入りまして、昭和五十一年度に沖繩県道路施設変更調査委員会というものをつくりました。
これには相当な実は施設変更等で、移転等で費用がかかりますのでやっておらない地域もありまするし、また移転しようとすると移転先の県民の方々の了承も受けねばならぬというような困難な事情等もございまして、難渋をいたしておりまするけれども、そういう点について、特に那覇地区のような人口稠密な地帯についての特別な配慮をして努力をせなければならぬということで、現在鋭意努めておるという事情でございます。
沖繩開発庁が二十七億一千九百万、これは道路施設変更事業などをやる。文部省が七十九万円、これは主に児童生徒の指導、PRの問題でしょうね。
○政府委員(松本操君) 花巻空港の問題につきましては、いままで御説明したような経緯を経て、昨年の十二月二十七日に航空法に基づく設置変更の許可を出したわけでございますが、しかしながら、この空港の建設について反対を述べておられる方々から本年二月二十一日、ただいまお話ございましたように、行政不服審査法に基づく花巻空港施設変更許可処分に対する異議申し立てが猫塚義夫氏外六名から出てまいったわけでございます。
で、この起債申請についてどうするか、現在まだ内部で検討中でございますが、最終的な結論を得る前提といたしましては、運輸大臣の施設変更許可がなければ起債許可ができませんので、施設変更許可があった段階で、財政状況等をも勘案の上で許可をするかどうか判断したいと、このように考えております。
言うまでもありませんが、設置管理者は県でございまして、昨年の九月にこの拡張の施設変更の申請が出て、公聴会を開きましたのがことしの十月でございます。
○中村(大)政府委員 私どもといたしましては、花巻空港の施設変更に関する公聴会は決して無理に強行したというふうには思っていないわけでございまして、先生も御承知のように四十九年九月に知事から申請が出てきておるわけでございます。申請が出れば当然当局としてはこれを審査しなければならないわけでございますので、審査をする場合には公聴会を開かなければならないというのが法に決められた手続でございます。
しかしながら、具体的にこの花巻空港をどのように拡張するかということにつきましては、第三種空港の設置管理者である県が決意し、またこれを国に申請をする、こういうことでございますから、花巻空港の具体的な拡張あるいは施設変更の計画というものはあくまでも県の発意によって行われておる、こういうことでございます。
と申しますのは、私どもに施設変更の認可を要しますのは一定規模以上の送電線の建設関係でございまして、それ以下の部分の特に配電部門等になりますと、これは私どもの施設変更認可にはかからないという関係にございます。
ところが、この東邦亜鉛につきましては、施設変更をいたしたにかかわらず、認可を受けないで堂々と操業をいたしておったということが明らかになりました。工場側では、昭和四十二年十月に電気亜鉛の設備増設、月産一万一千五百トン、この認可を受けております。しかしその後認可を受けないで、昭和四十三年の四月から月産一万四千五百トンに施設を拡充いたしまして、現に操業をいたしておったのであります。
その期間に当然保安監督部の職員が現地にも行って検査をいたしておるわけでありますから、一万四千五百トンという無許可の施設変更をやっておるということは、当然つかんでおったと思うのです。それを承知していながら、何らの措置もとらなかった。