2016-03-09 第190回国会 衆議院 法務委員会 第3号
これに基づきまして、個々の具体的な施設・区域を提供していくときのもう少し具体的な手続について御説明をさせていただくと、実は合同委員会というものがございまして、アメリカ側から、この合同委員会の下にございます施設分科委員会、ここを通じて、使用を希望する施設・区域について提案がなされてまいります。
これに基づきまして、個々の具体的な施設・区域を提供していくときのもう少し具体的な手続について御説明をさせていただくと、実は合同委員会というものがございまして、アメリカ側から、この合同委員会の下にございます施設分科委員会、ここを通じて、使用を希望する施設・区域について提案がなされてまいります。
だから、地位協定の中で、分科会でしたか、施設分科委員会で決まっている、文章になっているというのはもちろん分かるんですけれども、私はやっぱりこれは、火種になったきっかけでもある名称なので、絶対変えなきゃいけないと思うんです。 そこで、外務省はかつて帝国軍が使っていたからいいじゃないかと言うんですけれども、じゃ、現在において、政府として公式な地名は何なんだということを調べました。
○国務大臣(森本敏君) この今の先生の御提案というのを私は細かく知りませんでして、といいますのは、この島の名前というよりかは、むしろ日米地位協定第二条一項(a)に基づいて米国に提供されたいわゆる射爆場として名称を考えていて、その射爆場として名称を変えるときには日米合同委員会の下部組織である施設分科委員会にどういう手続をするかという観点でこれを考えていたので、つまり米軍施設として考えていたので、島そのものの
ちなみに、日米合同委員会の組織図がお手元の資料の一番最後のページに載っておりますので、ごらんをいただきたいと思いますが、今お話があった施設分科委員会は、昭和三十五年六月二十三日にできた、上から六つ目の分科委員会でございます。 そこで、続いて、米軍再編に伴う訓練移転に伴って、地元負担の軽減の検証をこの合同委員会は行っているのかどうかを伺いたいと思います。
今委員の御指摘の日米合同委員会のもとにあります施設分科委員会ですけれども、この施設分科委員会は、基本的に施設・区域の提供、返還等に関する協議を行う場でございまして、ほかに節約努力につき取り上げる場があったことから、本件が当分科委員会の議題として取り上げられることはなかったんですけれども、非公式に日米協議をしたことがあったというふうに報告を受けております。
神奈川県における在日米軍施設・区域の整理等に関する日米間の協議につきましては、本年二月六日、日米合同委員会の下部機関である施設分科委員会の下に設置されております施設調整部会で協議を行うことを日米間で決定したところでございます。
○海老原政府参考人 ただいま藤島委員から御指摘のありました神奈川県におきます在日米軍の施設・区域の整理に関してでございますけれども、先般発表をいたしまして、日米合同委員会の下部組織であります施設分科委員会がございまして、またその下に設置されております施設調整部会というのがございますけれども、課長クラスでございますが、ここで協議を行うということで日米が合意をしたという経緯がございます。
三沢飛行場の軍民共用について御指摘がございましたけれども、三沢飛行場の日本側の使用の例につきましては、これは昭和四十九年十二月に、施設分科委員会での協議を経て日米合同委員会において合意された経緯がございます。
そして、その合同委員会のもとには、補助機関として、例えば在日米軍の施設及び区域の提供、返還などについて協議をする施設分科委員会を初めとして二十三の分科委員会が設置されておりまして、それぞれ専門的な事項に関し協議が行われているわけでございます。
○政府委員(折田正樹君) いわゆる五・一五メモというのは、施設分科委員会というところで議論した内容が出ているわけでございますが、それを全部ひっくるめまして合同委員会合意という形で取り決めているわけでございまして、これを全体としてあわせて二十五条に言う、私が先ほど申し上げました合同委員会の合意であるということでございます。
それから、施設分科委員会の覚書、これは施設・区域の提供に関する使用条件等が書かれている八十七件ということでございます。それから、訓練水域及び……
また米国との間におきましては、六月七日に日米合同委員会の下部機関である施設分科委員会のもとにSACO案件のための特別作業班を設置し、現在これらの場におきまして鋭意作業を進めておるところでございますが、現在までのところ、代替ヘリポートの建設候補地を含め、結論を見るには至っていないということでございます。
そして、このSACO作業グループの協議の結果を受けまして、今月七日、日米合同委員会の下部機関である施設分科委員会のもとに、SACO案件のための特別作業班、それから沖縄住宅統合特別作業班を設立いたしまして、十一月の最終報告に向け今後日米間で集中的に作業を進めていこうということになったわけでございます。
○折田政府委員 委員御指摘のように、米軍に提供されます施設、区域の正式名称というのは、提供時に日米合同委員会において決定され、以後、施設分科委員会等の日米間の公式な協議等の場においては、このように決められた正式名称が使われるということでございます。 で、今先生御指摘の、看板が変わっているということは私も新聞記事で拝見いたしました。
具体的には、読谷補助飛行場につきましては、既に昨年六月に日米合同委員会におきまして施設分科委員会の下部機関として特別作業班を設置することが認められておりまして、同飛行場に関する諸問題についての技術的検討が行われているところでございます。また、那覇港湾施設につきましても、作業班を設置して技術的検討を加える、こういう状況に現在なっております。
それは五十五年に提起されたのでございますが、この移設の可能性は、施設分科委員会というのがございますけれども、そこの特別作業班によりまして検討されて、現在、先ほど御指摘のジョンソン司令官も申しております嘉手納弾薬庫地域の二カ所を含めまして、伊江島補助飛行場も含まれておりますが、検討が続いているということでございます。
それに基づきまして、日米合同委員会の下部機構でございます施設分科委員会において、日本側から米側に対して、キャンプ瑞慶覧の一部返還について申し入れを行いまして、米側から、これこれのことであれば返還に応ずるという回答を得ておるわけでございます。
○岡本説明員 御指摘の共同使用の問題につきましては、昨年十月二十一日に日本側より書簡をもちまして米側に、合同委員会の施設分科委員会の場で申し入れを行ったものでございます。 本案は、ただいま米側において非常に慎重に検討されているところでございます。通常、この種の案件は七、八カ月ないし一年近くかかるものもございまして、私ども現在この審議の状況に特段のおくれが生じているとは認識してございません。
合同委員会にいつかけるかという点を最初におっしゃったと思うのでございますが、ただいまACMIに関しまして関係御当局でいろいろ協議をしておられまして、関係御当局と申し上げますのは、合同委員会の系列のサブの委員会がございますが、民間航空分科委員会あるいは施設分科委員会、そういったところでございます。そこでの検討が済みましてから私どもの方の合同委員会に上がってくるというのが普通の形でございます。
他方、従来から、読谷飛行場のいわゆる落下訓練について、どこか別の地域に移したらいいという話がございまして、それにかわる施設があれば移したいということで、施設分科委員会のさらに下の委員会ですでに三回協議が行われておりまして、残念ながら、まだその中で非常に顕著な進歩があったというふうに私は聞いておりません。
○淺尾政府委員 一般論でお答えさせていただきますが、施設の提供については、日米間でまず施設分科委員会、あるいは米軍と日本側の施設庁との間で話し合いが行われ、そこで合意ができれば施設分科委員会に上がってまいりまして、さらに施設分科委員会の合意ができれば合同委員会で合意をする、これが一般的な手続でございます。
それから、その作業班そのものは、こちらの日米合同委員会の施設分科委員会の下部機構ということでございますので、現在その作業班の会議等を開きまして、そういった調査結果の内容等について検討しておる段階でございます。
○伊藤(参)政府委員 読谷補助飛行場におきます落下傘降下訓練につきましては、昨年三月十八日の施設分科委員会において米側にその検討を求めております。その結果としまして、昨年十月九日に至り、日米合同委員会におきまして、本件訓練所の適当な代替地を検討するための特別作業班設置ということで合意がなされております。