2009-02-25 第171回国会 参議院 国際・地球温暖化問題に関する調査会 第3号
NGOというのは、基本的には地球的に人類的に目覚めた人たちが中心になっていきますから、やっぱり中東なんかでいうと、アブラハム、イサク、ヤコブからモハメッド、ジーザス、それからモーゼという一つの体系があって、その下の根底には旧約聖書があるという、コーランとかタルムードと、新約聖書があるというのはよく分かりますけれども、世界にはたくさん宗教ありますからね。
NGOというのは、基本的には地球的に人類的に目覚めた人たちが中心になっていきますから、やっぱり中東なんかでいうと、アブラハム、イサク、ヤコブからモハメッド、ジーザス、それからモーゼという一つの体系があって、その下の根底には旧約聖書があるという、コーランとかタルムードと、新約聖書があるというのはよく分かりますけれども、世界にはたくさん宗教ありますからね。
○茂木国務大臣 牧委員に初めて答弁させていただきますが、アカデミックでないと御本人はおっしゃっていましたけれども、経歴を拝見しますと、愛読書が新約聖書だということでありまして、大変アカデミックな方だな、緊張感を持ちながら答弁させていただきたいと思うんです。
それが、さっき、同じように閣議決定をされました、昨年六月に閣議決定を同様にされておりますが、二〇〇三年の骨太方針の中には、御存じのようにこの国庫補助負担金等整理合理化方針というのが新たに決められまして、御存じのように四兆円というのが新たに決められております、というのは御存じのとおりでありまして、かなり相矛盾しておるのではないかと言われるなら、こっちは旧約聖書、こっちは新約聖書ということに、ということになるのかもしれません
○中島章夫君 今、御紹介のありました旧約聖書と新約聖書という、その例えが適切かどうかは別にいたしまして、閣議決定をし、もう一つ私、次に話題にしたいと思っております、もうこれはどなたも明らかに御承知のとおりでありますが、地財法の十条で言いますこの負担金というのと地財法の十六条で言います補助金とは明らかに違っていると。
新約聖書ヨハネ黙示録の神とサタンとの最終戦争の終末ということで、ハルマゲドンということで、それを大臣はおっしゃったと思うのですが、大臣はその後、私はテレビで見ておったのですが、地域の皆さんの意見を考えると政治的には幾つかの問題がある、地方の自治体の意思を踏まえて、やはり実現可能な具体的なことを考えなきゃならぬというようなことを、私のテレビの聞き違いかわからぬけれども、そういうことをおっしゃっておられるわけでありますが
したがって、旧約聖書、新約聖書、その他の文献にありますユダヤ教やキリスト教が言う神と全く同じ存在でございます。言うならば、同じ存在、同じ神に対する信仰がユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三つの宗教に分かれているというのが現状だろうと思っております。したがって、イスラムは特殊な宗教ではありませんで、ユダヤ教、キリスト教と兄弟宗教である。
だから、その辺ではやっぱり見直しされているところで、やっぱりコーランに関してはそれどころの騒ぎではないというか、ウンマのもとをなしているコーランそのものが、例えば理念は男女平等だって言いながら、もしかしたらコーランの中にも、キリスト教の聖書に書いてある、これは新約聖書なんです、旧約はまた違うんですけれども、新約聖書の中であるようなそういう言い方はあるんですか、女の人は男の人の肋骨三本から生まれたというような
それは当然のお考えと思いますので、少し説明をさせていただきたいと思うのですが、私が習いました愛という言葉は二つございまして、これは日本語に直しますと両方とも愛になるのですが、例えば新約聖書の中で使われております愛という言葉は二つでございます。フィリアとアガペーというものでございます。
後ほど紹介するつもりだったのですが、これは新約聖書のヨハネ伝八章三十二節の言葉「真理はあなた方を自由にします」という言葉から使われるようになっているということでございます。そして、その言葉が国立国会図書館法の前文に書かれております。「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」
これは、キリスト教の旧約あるいは新約聖書をごちゃごちゃに編集しまして、非常に独断的に解釈した本当に読みにくいなぞのようなものなんですけれども、その中に一説があって、万物復帰という思想が書いてあるわけです。これはどういうことかといいますと、地上のすべてのものは神様のものなんだから、全部お返しするのが要するに立派な行為であると。
用語解説等の書物によりますと、このハルマゲドンというのは、新約聖書のヨハネの黙示録に記載しておる、善と悪の最後の戦いが行われる場所を意味するというふうにされておるわけでありまして、世界最終戦争という意味で用いられている場合もあるというふうに承知しております。
○矢島委員 税務職員というのは、新約聖書に出てきますレビやあるいはザアカイなどといういわゆる取税人、税の取り立て人、この例を見るまでもなく、その時代からやはり世間ではどうしても嫌われるという状況にあるわけであります。それだけに、税務職員の労に報いるような、具体的にこの処遇改善、こういうものにぜひ努力していただきたいと思うわけです。
こういつたことになりますと私は、新約聖書の中の、「人を測る量りにて己も測られん」という言葉を思い出します。日本で言えば、卑俗なことわざとしてはげすの勘ぐりというのがございますが、そのようなものだというふうに思います。
働かざる者食うべからずというのを調べてみましたら、これは語源は新約聖書だそうでございまして、働こうとしない怠惰な人間は食べることを許されない、食べるためにはまじめに働かなければならないということだと、こう注釈もついてございます。まさしく人間の怠惰を戒めた言葉なんだろうと思います。
そこには、現在いろいろ起こっている問題を考えるときに心が大変痛むということで、新約聖書の中の次のような言葉を送ってこられました。「あなたがたは、この世と妥協してはならない。むしろ、心を新たにすることによって、造りかえられ、何が神の御旨であるか、何が善であって、神に喜ばれ、かつ全きことであるかを、わきまえ知るべきである。」
それから、その弟子が新約聖書を一生懸命研究しておるんです。愛の神ですね。明治になりまして政府が神道を政治的に利用して、せっかくのその試みが滅び去り、それで夏目漱石のノイローゼ時代に入ったのです。 何を意味するか。つまり日本人というのは世界の主要信念体系をみんな導入して、世界最高レベルでそしゃくしたんです。それは江戸時代のいろいろな文献を読んでみれば皆さんも否定しようがなく気づきます。
それから、ユニークなあの田中小実昌という作家が、有罪にするとか無罪にするとか恐ろしいことだ、新約聖書のヨハネ伝八章七節には、あなた方の中で罪のない者がまずこの女に石を投げつけるがよいと書いてあります——まあ、この人はクリスチャンでしょうけれども、こういうことを言っているんですけれども、丸山真男さん、あの有名な東大の。あの人もやっぱりこういうことは答えるべきじゃないと、ぴしゃっと言っておられる。
無智、それから不潔、つまり汚いということ、それから又怠惰ということ、怠けるということ、この五つの眷族と申しましようか、この五つの要素から貧乏というものが、成つておるというふうに傳えられておりまするから、この五つのものをいかに縛り上げて処理するかというのが社会保障であるとも申せましようし、少し角度を変えまして余り学問的でなく申上げることにいたしますれば、マタイ傳でございましたか、新約聖書の中にございます