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16件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

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2014-10-16 第187回国会 衆議院 憲法審査会 第1号

次の訪問地であるポルトガルのリスボンでは、ジョゼ・ゴメス・フェレイラ高等学校ではエスペランサ校長パイス教育・科学省調整官、国会では社会民主党のアブレウ・アモリン議員、社会党のラカオン議員とお会いするとともに、マティアス大統領法律顧問アマラル憲法裁判所副長官、テイシェイラ・ダ・クルス法務大臣カトリック大学法学部メデイロス教授リスボン大学法学部ゴメス助教授を初め、さまざまな方々からお話を伺い

武正公一

1999-08-05 第145回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第8号

そして、現在青少年対策本部が行っております個々の事業につきましては、専ら教育科学省新しい名称では文部科学省ということになりますが、そこで行うことになるわけでございますが、特に重要な事業等につきましては、この内閣府が主導して事柄を進めていけるように調整を図っているところでございます。

松田隆利

1999-06-01 第145回国会 参議院 経済・産業委員会 第14号

今、東海村の村上村長からもるる原子力行政に係る課題を御指摘いただいたと認識しておりますが、そういったことも踏まえまして、原子力委員会原子力安全委員会の位置づけ、例えば同じ内閣府に置かれる総合科学技術会議との関係とか、あるいは教育科学省放射線審議会との関係とか、あるいはこうした委員会原子力行政やら原子力安全行政を所管する行政庁との関係、あるいはよく言われます規制行政独立の原則というものにかかわって

近藤駿介

1984-06-29 第101回国会 衆議院 文教委員会 第18号

しかし、教育科学省の見解としては、貸与制が導入されれば、生活困窮者大学入学が経済的に不利になるのではないかという意見が強いこと、また給費制は戦後の制度であるが既に定着しているところであり、近い将来において、貸与制の導入は考えられないとのことであった。」フランスの場合でも同じように有利子化意見もあったが、現在は消滅したと言われているというように報告されています。

田中克彦

1978-05-12 第84回国会 衆議院 文教委員会 第20号

ただ、この従来の英才教育につきましては、現在の労働党政権のもとで公立中等学校総合制化というものが進められておりまして、現在八割ほどこの総合制化が進められておるわけでございますが、総合制学校におきましては従来のような英才児教育が十分でないということが非常な心配をされまして、昨年の八月でございますけれども、イギリス教育科学省から英才児教育改善措置に関する検討報告書というのが出されております。

鈴木勲

1970-10-23 第63回国会 参議院 文教委員会 閉会後第4号

内田善利君 ロンドンのオープンユニバーシティーですけれども、これはBBC放送とは全然別の形態教育科学省がやっておると、したがって独立機関であり、BBCのほうではBBCの一部でもないし、BBC人たちはこのオープンユニバーシティー管理機関の一人としてここに属して、オープンユニバーシティーのメンバーとして仕事をしておるということでございますが、先ほど形態特殊法人を考えておられるということですけれども

内田善利

1970-04-02 第63回国会 参議院 文教委員会 第7号

それから、イギリス等の事例のお話がございましたが、イギリスにおいても、この大学補助金委員会、一九六四年の制度改革によりまして教育科学省というのができまして、大蔵省から教育科学省に移管されておるようでございます。その後、やはり会計検査をすべきだという意見があって、一九六八年、一昨年からは会計検査が行なわれるようになっておるというぐあいに聞いております。

村山松雄

1968-03-11 第58回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会 第4号

石川委員 科学技術基本法が提案になっておりますから、そのときに各論にわたって詳細な質問をしたいと思いますから、きょうは非常に形式的な質問になりますけれども、一言申し上げますと、イギリスのウィルソンが政権をとりましてから教育科学省科学技術省と二つの省になっておりますね。

石川次夫

1967-07-13 第55回国会 衆議院 予算委員会 第17号

イギリスは資本の自由化を前にして科学革命をやらなければ、イギリスの産業は国際市場に伍していくことかできないというので、御承知のように技術省をつくり、教育科学省をつくり、大学研究を指導いたしておりますところのSRCをつくり、さらには全国研究開発公社もつくっております。それだけの受入れ体制、それだけの真剣でかつ大規模な科学技術開発に取り組み方をいたしながら、彼はこの呼びかけをやっておる。

竹本孫一

1966-03-03 第51回国会 衆議院 科学技術振興対策特別委員会科学技術行政に関する小委員会 第1号

イギリスマクミラン内閣のときに、昭和三十四年でございますが、初めて科学担当大臣を設けましたが、その後昭和三十九年ヒューム内閣におきまして、特にこれを強化いたしまして、教育科学との間の連携を十分にとることを考えまして、教育科学省を設置いたしまして、この閣内相に当時の有力なヘイルシャム、これは名前がその後変わりましてホッグとなりましたが、このホッグ閣内相として教育科学大臣に任命をいたしました。

篠原登

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