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30358件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

2019-10-24 第200回国会 衆議院 安全保障委員会 2号

これについても、当時、屋良主席は、当時の野呂防衛政務次官に提出した意見書で、この法律強力な強制収用法である、強制収用だと。占領下の土地は銃剣とブルドーザーで奪ったかもしれない、しかし、復帰後の米軍基地憲法違反の強制収用、およそ本土では適用されないような、そういう強制的なやり方でやったものだと、屋良主席、厳しく批判をしております。  占領下で行われた違法、不当土地の取上げを合法化してしまった。

赤嶺政賢

2019-06-03 第198回国会 参議院 決算委員会 9号

私も介護保険制度導入のときに政務次官でしたから、そのだ委員があの時代から本当に熱心に取り組んでこられて、そして介護保険制度の創設に尽力をされたということの、そういう実績のあるそのだ委員からの御質問ですから、私も権丈先生の提案は、やはり社会連帯をベースにして、ある種、横串を刺すという提案で、私も権丈先生からも直接お話を聞いておりますし、著書も読ませていただきました。

根本匠

2019-04-24 第198回国会 衆議院 外務委員会 9号

一九九一年、当時の鈴木宗男外務政務次官が千畝の行動を高く評価すると夫人に伝えました、千畝生誕百年に当たる二〇〇〇年、勇気ある人道的行為を行った外交官杉原千畝をたたえてと顕彰プレート外交史料館、飯倉ですね、に設置された、除幕式で当時の河野洋平外務大臣戦後外務省の非礼を認め、正式に遺族に謝罪しました、これにより千畝の名誉は回復したのですということがホームページに書かれてあります。  

杉本和巳

2019-04-24 第198回国会 衆議院 外務委員会 9号

ちょっと歴史をさかのぼると、申し上げた一九九一年の鈴木外務政務次官のころの話ですけれども、当時の佐藤外務省大臣官房長が、千畝の退官日本の降伏に伴う外務省の大規模なリストラの一環でなされたというようなことを言っておられたり、一九九二年の話ですけれども、草川昭三さんは公明党議員でいらしたと思いますけれども、の質問に対して、兵藤外務省欧亜局長が、いろいろと答弁する中で、訓令違反ではあるが、数千人の人命

杉本和巳

2019-04-03 第198回国会 衆議院 厚生労働委員会 6号

そのとき、私は厚生政務次官をやらせていただきました。  そして、社会保障制度を将来の世代にしっかり伝えるために取り組んできた社会保障と税の一体改革。私は、これが非常に大きいと思います。  そして、もう一つは、直近でいえば、多様な働き方を選択できる社会を実現するために労働制度の抜本改革を行った働き方改革。  この三つ、まだいろいろありますけれども、これを挙げたいと思います。  

根本匠

2019-03-18 第198回国会 参議院 予算委員会 11号

あのとき、政府は自分たち原告に対し謝罪し、その後、根本大臣政務次官時代には薬害根絶の誓いの碑というものまで建てられました。なのに、あれから二十四年間、全く構造が変わっていません。  総理、もう一度伺わせてください。  二千人が被害に遭い、七百十四人が殺されたあの薬害エイズ事件を引き起こした真の原因とは何だったのか、覚えていますでしょうか。

川田龍平

2019-03-08 第198回国会 参議院 本会議 7号

二十三年前になりますけれども、平成八年一月、橋本龍太郎内閣久保亘大蔵大臣の下、今議場におられます山崎正昭参議院議長と共に大蔵政務次官を拝命し、金融危機の始まりと言われた住専問題について、六千八百五十億円の税金を金融機関に投入するという、国民の九割が大反対する中で、その理解をいただくことに奔走いたしました。  

鉢呂吉雄

2019-03-01 第198回国会 衆議院 本会議 8号

そして、かつて厚生政務次官も務めておられた社会保障政策のプロであり、卓越した知識と経験を有する根本大臣に引き続き厚生労働行政をリードしていただくことこそ、我が国にとって最善の道であります。  厚生労働大臣の不信任を求める理由は全くありません。そのことを重ねて申し上げ、良識ある衆議院の皆様に対し、このような決議案を断固絶対に否決していただくことを求めまして、私の討論を終わります。(拍手)

丹羽秀樹

2018-11-22 第197回国会 参議院 厚生労働委員会 4号

根本大臣厚生政務次官やられて、そのときにNAISの会もやられたわけですから、委員は、私が聞いていると、やっぱり、大臣はどう考えている、大臣の思いはどこにあるんだということをこの委員会質疑を通じて聞きたいということを強く感じますので、その点は今後是非思いを語っていただきたいと私は思います。  そこで、この国の最大の問題はやっぱり少子だと思います。

足立信也

2018-11-21 第197回国会 衆議院 厚生労働委員会 3号

私の体験から言えば、私が厚生政務次官をやったときに年金改革というのがあった。ただ、その年金改革の、こういう改革をするんですよという説明が極めて難しくてわかりにくいので、我々NAISグループで、どうやったら国民の皆さんが納得できるか、どうやって我々が説得できるか、これを徹底的に議論して、あのときに年金改革七つのポイントというのをまとめて、そして、我々、これで説明しようではないかと。  

根本匠

2018-11-20 第197回国会 衆議院 財務金融委員会 2号

おっしゃるとおり、昔、文部の政務次官をしているときにも、宮大工の棟梁、あれは三重県でしたな、あの棟梁、歌舞伎の亡くなられたあの人、とにかく、義務教育は中学はやめてもらいたい、小学校まででいい、あとは芸を徹底してやらせてくれ、それが宮大工の技術が上がることなんだ、あの義務教育のときが、あのときに手が覚えつかないからだめなんだといって切実に言われた記憶も私の残るところなので、同じように、大学出が全部集まって

麻生太郎

2018-10-30 第197回国会 参議院 本会議 2号

衆議院にありましては、平成九年には労働政務次官平成十一年には環境総括政務次官平成十五年には衆議院法務委員長、平成二十年には衆議院拉致問題特別委員長を歴任いたしました。  特に、法務委員長としては、裁判員制度導入の司法制度改革の審議におきまして、憲政史に残るでありましょう審議時間を経て成立させたことは思い出の深いものでございました。  私の国政活動を貫く原点は、実は二つあります。  

柳本卓治

2018-10-30 第197回国会 参議院 本会議 2号

また、第二次橋本改造内閣の通商産業政務次官、第一次安倍内閣国家公安委員会委員長及び防災担当大臣として国政の中枢に参画され、その卓越した政治手腕を遺憾なく発揮されてこられました。  柳本先生は、平成二年の第三十九回衆議院議員総選挙において初当選をされて以来、六たびの当選を重ねられ、十九年八か月にわたり衆議院議員として御活躍をしてこられました。

橋本聖子

2018-06-14 第196回国会 衆議院 本会議 37号

院にあっては、決算行政監視委員長、科学技術イノベーション推進特別委員長、また政府においては、科学技術政務次官文部科学副大臣、そして第一次福田内閣では文部科学大臣も経験をさせていただきました。現在は、党の政務調査会で、科学技術イノベーション戦略調査会会長の任にあります。  この間、私がライフワークとして最も力を注いでまいりましたのは、科学技術の振興であります。  

渡海紀三朗

2018-06-07 第196回国会 参議院 厚生労働委員会 19号

彼が、やっぱり自分が元働いていた場、同僚、上司、当時は政務次官でしょうか、大臣、いろんな思いを込めて万死に値すると言ったと思うんですよ。  加藤大臣は更に先輩で、十六年ぐらいですか、それぐらいおられて、大蔵省財務省にね、これは、先ほど申しました同僚やあるいは上司、この方々のことを振り返りつつ、当時のことも思い出しながら、その感想を私は是非聞きたいんですよ。

足立信也

2018-05-30 第196回国会 衆議院 外務委員会 13号

日程その他につきましては国会がお決めになることでございますから、それは私がとやかく申し上げることではないというふうに思っておりますが、少なくとも、当時、大臣のもと、政務次官ではなく認証官副大臣を置く、そういうことが与野党合意をされて決められた、そういうことでございますので、外交日程に対しては一定の御配慮をいただけるものというふうに考えております。

河野太郎

2018-04-19 第196回国会 衆議院 本会議 20号

以来、九回の当選を重ね、院においては厚生労働委員長、外務委員長、東日本大震災復興特別委員長を、政府においては環境大臣外務副大臣厚生政務次官などを経験させていただき、昨年八月、東京オリンピック・パラリンピック競技大会担当大臣を拝命いたしました。  私が初当選したときの最大の政治課題は政治改革でありました。大変激しい党内論争、党内対立の末に政界再編が起こり、やがて小選挙区制度へと移行しました。

鈴木俊一