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252件の議事録が該当しました。

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

2016-11-10 第192回国会 参議院 国土交通委員会 第4号

その過程の中で、一番最初に考えられた拠点開発方式でありますとかプロジェクト方式、そういうものは、何よりもまず日本ベルト地帯というところに目を向けて、それが、まずそこを充実させることが日本全体の発展につながると、こういう考え方で始まったと思います。それはある程度、これは統計データ等からも見て取れると思いますけれども、一定の成功があったというふうに思います。

杉山武彦

2014-10-16 第187回国会 参議院 総務委員会 第2号

全総、新全総、三全総、四全総拠点開発規模開発プロジェクト広域生活圏交通ネットワーク田中角栄さんの日本列島改造論でしょう、竹下登さんのふるさと創生なんですよ。全部一億円ばらまいた。ばらまいたけれども、自分で考えろというんでいいんですよ。それは、結果、温泉を掘ったり、金塊を買ったのが多かったんだけれども、それでもいいんですよ。  

片山虎之助

2014-10-08 第187回国会 参議院 予算委員会 第2号

全総、新全総、第三次全総、第四次全総拠点開発規模プロジェクト、あるいは広域生活圏何とか、田中角栄さんの日本列島改造論もそうだし、竹下さんのふるさと創生もそうなんですよ。しかし、結果として、いろんなお金を名目でつぎ込みながら、地方はなだらかに衰退してきたんですよ。その反省と総括が要るんじゃないですか。総理、どうですか。

片山虎之助

2014-05-15 第186回国会 参議院 総務委員会 第19号

そして、そういう意味でいきますと、最初の一全総のときには拠点開発方式という言葉が使われておりますし、これもそういう意味では似た拠点という言葉が使われておりますが、これは新産業都市工業整備特別地域といったようなものに結び付いていった概念でございますけれども、元々はやはり一般的な名詞としての拠点というものを分かりやすい表現として拠点開発方式という用語にしたということではなかろうかと存じます。  

門山泰明

2012-02-16 第180回国会 衆議院 予算委員会 第10号

一方で、先ほども申し上げましたけれども、こういった計画を受ける形で、例えば、企業立地補助や国際的な医療拠点、開発拠点等整備など、福島原子力災害等復興基金の造成を既に行っております。それから、再生可能エネルギー研究開発及び関連施設整備などの関連予算を含め、総額五千三百四十億円程度予算措置を第三次補正予算なんかでも措置してございます。

平野達男

2007-05-10 第166回国会 参議院 国土交通委員会 第15号

そういう中で、やはり私は、国土総合開発法に基づいて、いわゆる拠点開発方式新産工特、新産業都市工業整備特別地域に関する施策がいろいろと強力に展開されまして、諸般の基盤整備がなされ、それによって昭和三十年代の世界が目をみはるようなすさまじい高度成長を遂げたということなんですね。

岩井國臣

2007-03-16 第166回国会 衆議院 国土交通委員会 第5号

二番目に、面のまちづくりというよりも、大規模商業施設あるいは大規模業務ビル拠点開発ではないか、それで終わるのではないかという危惧がございました。  三番目に、あのとき扇大臣でありましたけれども国際競争力という言葉が何度も何度も出てまいりまして、これは国際競争に勝つための拠点整備のような感じが非常に強くいたしました。

古賀一成

2005-07-19 第162回国会 参議院 国土交通委員会 第29号

まず、拠点開発の意義はなくなりました。どこかに拠点開発したからといって、そこに地域振興が起こるというふうなことというのは余り考えられない。今、そういうふうなのをやろうとしても、日本地方に立地しようなんという企業もほとんどないわけであります。大概は、開発途上国や中国に投資しようということになっていくわけであります。  

中村英夫

2005-06-10 第162回国会 衆議院 国土交通委員会 第21号

例えば、実はこの「総合的点検」では、自立圏連帯型の国土をつくるんだということを言っておりますけれども、これは恐らく、五全総以来の多軸型の国土であるとか、それ以前の多極分散型というものをもうちょっとひねってみたとかいうレベルの話のように私には読めるわけですが、実は、これをやる上でも、結局、新しい時代にふさわしい拠点開発をするのだというようなことが書かれている。

若井康彦

2005-06-10 第162回国会 衆議院 国土交通委員会 第21号

まず最初全総で一全総でございますが、これは拠点開発構想というものを掲げております。このことによりまして、製造業立地地方分散というのが一定程度進んだ、この点についてはかなり御評価をいただけるんじゃないか。田舎の方でもそういう工場に勤めるというふうな暮らしができ始めたというのは、この成果なんではないかと思います。  

尾見博武

2005-05-18 第162回国会 衆議院 国土交通委員会 第18号

そして、このコンビによりましてとられました方式は、いわゆる拠点開発方式というものでございました。いわゆる新産工特、すなわち新産業都市工業整備特別地域、これをそれぞれ全国新産が十五地域、そして工特が六地域指定をされまして、先ほど申しましたような傾斜生産方式重化学工業主体開発考え方のもとで、太平洋ベルト地帯を中心とした拠点開発というものに取り組んだわけでございます。  

寺田稔

2005-05-18 第162回国会 衆議院 国土交通委員会 第18号

昭和三十七年に最初の一全総が制定されたわけでありますが、そこでは、国民所得倍増計画、ちょっと中間省略させていただきますが、それに即して、都市過大化の防止と地域格差の縮小を配慮しながら、我が国に賦存する自然資源の有効な利用及び資本、労働、技術等資源の適切な地域配分を通じて、地域間の均衡ある発展を図ることを目標として、拠点開発方式、こういうのを整備手法として行っておりました。  

尾見博武

2005-05-18 第162回国会 衆議院 国土交通委員会 第18号

尾見政府参考人 今先生御指摘の所得倍増計画最初の全総計画投資額の中にどういうふうに反映されたかというお尋ねでございますけれども、大変申しわけないんですけれども、二番目の全総以降は投資額についての数字があるわけでございますが、最初の全総計画については、所得倍増計画との関係は先ほど申しましたような形で、それをベースにして拠点開発方式を進めていく、そういうことについての詳細はございますけれども、数字的

尾見博武

2002-11-27 第155回国会 参議院 国民生活・経済に関する調査会 第2号

そういう観点から見ますと、私懸念されますのはむしろ東京でございまして、東京でまた近郊から二十三区内に、特に高齢者の方のまた再流入が進んでいますけれども、そういう中で汐留だとか新しい地域開発が進んでいますけれども、これというのは、結局再開発ではございますけれども、果たしてどこまで拠点開発とかまちづくりという概念があるんだろうかという意味では非常に疑問でございまして、何の脈絡もなく地域の中でビルが建っていくと

高橋進

2002-06-04 第154回国会 参議院 内閣委員会 第13号

これに基づいて一万一千五百二十キロメートルが定めておられるところでありますし、また、この整備計画の九千三百四十二キロメートルにおきましては国幹審の議を経て定められているのでありまして、この整備計画を前提に、私どもは、インターチェンジへのアクセス道路等整備物流拠点開発、宅地開発など各種開発計画等が現に進められております。  

菅義偉

2002-05-21 第154回国会 参議院 内閣委員会 第11号

また、整備計画区間は四十二都道府県に関連してございまして、この都道府県におきましてはインターチェンジアクセス道路整備あるいは各種開発計画等が進められておりまして、進行中の物流拠点開発、宅地開発などの地域開発プロジェクトは関連するものだけで全国で百十一か所、これが整備されますと十万人の新規雇用が創出されるのではないかというような効果が見込まれておりますが、こういう程度に及んでおります。  

大石久和

2002-03-19 第154回国会 衆議院 国土交通委員会 第4号

この計画というのは、もともとはベイエリア法に基づく尼崎臨海西部開発構想というのがあって、一九九五年の阪神大震災の直後に、兵庫県と尼崎市が神戸製鋼の跡地などを五百二十五億円で買い取って、震災復興臨海部西部拠点開発事業というふうにしたわけです。これは、七年間で、五十五・四ヘクタールで復興住宅など二千戸をつくるというニュータウン計画だったんです。  

大幡基夫

2002-03-19 第154回国会 衆議院 国土交通委員会 第4号

計画されました地域のうち拠点開発地区につきましては、お話がありましたように、震災直後に、復興住宅を建設するということで事業を進めるという決定をしていたようでございますけれども決定の変更につきましては、この計画が破綻したということではなくて、地元公共団体におかれまして、いろいろな情勢の変化を受けて判断されたというふうに私どもは聞いております。  

山本繁太郎

2002-03-04 第154回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 第2号

ちなみに、新産工特指定は、昭和三十七年に決定されました全国総合開発計画拠点開発構想を具体化したものでございまして、これにより、過密過疎に歯どめをかけ、国土均衡発展を図ろうとしたものであります。主として重厚長大型産業を念頭に、昭和三十九年から計二十一地区指定されました。

岩崎忠夫