1947-12-06 第1回国会 衆議院 運輸及び交通委員会 第42号
小倉鐵道は戰時中鐵道省に買收されたが、それは戰時的緊急措置としてやむを得なかつた。しかし終戰後は當線のやうな地方線を國有鐵道の一部として經營する必要もなくなつたし信ずるし、なお沿線市町村の希望もあるので、本事業を前經營者に返還拂い下げられたいというのであります。
小倉鐵道は戰時中鐵道省に買收されたが、それは戰時的緊急措置としてやむを得なかつた。しかし終戰後は當線のやうな地方線を國有鐵道の一部として經營する必要もなくなつたし信ずるし、なお沿線市町村の希望もあるので、本事業を前經營者に返還拂い下げられたいというのであります。
國鐵電氣工事は戰時中鐵道電氣工事株式會社一本建の獨占形態となり、今なおそのままの状態でありますが、これは民業に對する壓迫となり國費の濫費となり、ひとり業者のみならず、國民の受ける損害も多大でございます。ついては國鐵の電氣工事を民間業者に開放いたされたいというので要旨でございます。
それから第二の戰時中鐵道におきまして強制的に買い上げたものを舊所有者に優先的に拂下げをしてもらいたいという請願でありまして、この請願者は栃木市の栃木驛前に住居をいたしておりまして、戰時中は旅館業を營んでおつたのでありますが、昭和二十年の七月運輸省よりの申込みがありまして、どうしても軍事的な問題からこれが必要だというので、旅館業をやつておりましたのを廃止しまして、その使用しておつた建物百七坪餘りと、電話