2008-11-14 第170回国会 衆議院 厚生労働委員会 第3号
だが、都立墨東病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、東京慈恵会医科大学附属病院、日本赤十字社医療センター、日本大学医学部附属板橋病院、慶応義塾大学病院、東京慈恵会医科大学附属青戸病院、東京大学病院と、名立たる八つの大病院から、当直医が患者の対応中である、あるいは空きベッドがないなどの理由で断られました。 そして、医師が改めて都立墨東病院に連絡をしたところ、受け入れ可能ということになった。
だが、都立墨東病院、順天堂大学医学部附属順天堂医院、東京慈恵会医科大学附属病院、日本赤十字社医療センター、日本大学医学部附属板橋病院、慶応義塾大学病院、東京慈恵会医科大学附属青戸病院、東京大学病院と、名立たる八つの大病院から、当直医が患者の対応中である、あるいは空きベッドがないなどの理由で断られました。 そして、医師が改めて都立墨東病院に連絡をしたところ、受け入れ可能ということになった。
○青木薪次君 本院議員山本富雄君は、去る三月十六日、東京都港区の慈恵会医科大学附属病院において、肝不全のため逝去されました。 体調すぐれず三月七日から入院しておられましたが、御家族の懸命の看病もむなしく、ついに幽明境を異にされることとなりました。まことに痛惜哀悼の念にたえません。
○伏木和雄君 ただいま議長より御報告のありましたとおり、本院議員小此木彦三郎先生は、去る十一月四日、御家族の手厚い看護のかいもなく、入院先の慈恵会医科大学附属病院において六十三歳の生涯を閉じられました。まことに哀悼痛惜の念にたえません。
○梶山静六君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員城地豊司君は、去る十一月九日、入院先の慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。まことに哀悼痛惜の念にたえません。 私は、ここに、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。
○矢野政府委員 ただいま御指摘の十三カ所以外の重篤な救急患者を搬送しておる医療機関は、お示しの東京大学附属病院、東京医科大学附属病院、さらにそのほか東京慈恵会医科大学附属病院、慶応大学附属病院、日赤医療センターがございます。ただ、これらの機関につきましては、先ほどの十三カ所のようないわゆる専用電話、ホットラインが敷設してはございません。
○田中龍夫君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員浜西鉄雄君は、昨年十一月二十一日、入院先の慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。 私は、君が病気のため入院されたと伺い、心から御回復の一日も速やかならんことを祈っておりました。
○事務総長(指宿清秀君) 元議員上原正吉先生には、去る三月十二日、心不全のため、東京慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。謹んで御報告いたします。 本委員会の理事会におきましては、協議の結果、お手元にお配りしてあります案文の弔詞を贈呈することに決定した次第でございます。
○志苫裕君 本院議員寺下岩蔵君は、去る四月十九日、東京慈恵会医科大学附属病院において、急性心筋梗塞のため、卒然と逝去されました。まことに痛惜哀悼の念にたえません。 私は、ここに、皆様の御同意を得て、議員一同を代表して、故寺下岩蔵君の霊に謹んで追悼の言葉をささげたいと存じます。 寺下君は、明治三十九年三月、青森県八戸市に生をうけられました。
○事務総長(植木正張君) 議員寺下岩蔵君には、去る四月十九日、急性心筋梗塞のため、東京慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。謹んで御報告申し上げます。 本委員会の理事会におきましては、協議の結果、お手元にお配りしてあります案文の弔詞を贈呈することに決定いたした次第であります。
○菅野儀作君 本院議員三善信二君は、去る三月七日、悪性リンパ腫のため、東京慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。まことに痛惜哀悼の念にたえません。 私は、ここに、皆様の御同意を得、議員一同を代表して、故三善信二君のみたまに謹んで追悼の言葉をささげたいと存じます。
本案審査のため、本日は参考人として、昨年ダッカ空港日航機乗っ取り事件の際、乗客として貴重な体験をされた東京慈恵会医科大学附属病院亀田内科医長穂苅正臣君及び作家小林久三君の御両名に御出席をいただいております。 この際、両参考人に対し、一言ごあいさつ申し上げます。 両参考人には、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。
○横路節雄君 ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員椎熊三郎君は、去る七月二十七日、東京慈恵会医科大学附属病院において逝去されました。まことに痛恨の念にたえません。 私は、ここに、諸君の御同意を得まして、議員一同を代表し、つつしんで哀悼のことばを申し述べたいと存じます。(拍手) 椎熊君は、明治二十八年四月、北海道利尻郡鴛泊村にお生まれになりました。