2009-07-02 第171回国会 衆議院 政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会 第2号
普通の我々政治家の意識、水準とけた違いの金銭感覚なんです。そのことは民主党提案者も恐らくは同じだと思うんです。だから、もしここで聞かれた場合、自分たちの感覚と違う鳩山さんのことをどう答弁するかというと、答弁に窮するんじゃないか、そういうことできょう来られないのかもしれないな、こう推測をするわけでございます。 さて、きょうは、まず法案につきまして質問をさせていただきたいと思います。
普通の我々政治家の意識、水準とけた違いの金銭感覚なんです。そのことは民主党提案者も恐らくは同じだと思うんです。だから、もしここで聞かれた場合、自分たちの感覚と違う鳩山さんのことをどう答弁するかというと、答弁に窮するんじゃないか、そういうことできょう来られないのかもしれないな、こう推測をするわけでございます。 さて、きょうは、まず法案につきまして質問をさせていただきたいと思います。
そこで、国際舞台で活躍しておられます小池大臣にお伺いしたいと思っておったのでございますけれども、きょうはおられませんので、副大臣にお尋ねしたいと思いますが、そういった地球的視野から見た我が国の環境意識水準と申しますか、環境問題に取り組む姿勢のレベルをどのように認識しておられるのか、お教えを願いたいと思います。
あるいは、意識水準とか精神疾患、痴呆について何かがありますか、あるならそれについて具体的に書いてくださいという項目もできているんですね。それから、失語、失行あるいは失禁などについても具体的に書いてくださいというのがあります。それから、先ほど述べましたように、関節の拘縮だとか、あるいは欠損、麻痺、そういったものも図を書いて具体的に書けと、こういうようなのがあるんですよ。
今の日本の状態では、非常に多くの立場の違い、考えの違いがある、そういう状態をそのまま是認をして、事実は事実として認めた上で、臓器移植のためのルールづくりといいますか、先生も事ここに及んではもう法律が必要だとおっしゃっておりまして、私どももそうだと思うわけでございますけれども、それにしても現実の国民の意識水準、社会的合意の形成の状況等々を素直に見るとすれば、脳死状態は脳死状態という形で移植に道を開くのが
したがって、国民各位がやはり環境問題、生活型の公害あるいは地球環境を含めて意識水準を高めていただいて、自分たちが加害者であり被害者であるという意識で自主的に取り組むことが最も基本的に重要なことだと思いますから、今度の環境基本計画に沿って、自主的な取り組みということは呼びかけていきたい。
ただ、意識水準がいかがかということで先ほどの過剰包装とかいろんな問題が出てくるのだと思うのでありますが、これも日本という国自体の国際化の過程の中でそういう意識改革というのは内から外から両方行われていくんだ。
しかしながら、まだ我が国におきましては、一般的にこの種の契約を常に公正証書でつくるというようなことまでには一般の国民の意識水準がなっていないというようなことも考えまして、公正証書に限定するということについてはやや問題があるというふうに実は考えたわけでございます。
私は、広島県の四百三十部落のほとんどを掘り起こすためにかなり期間をかけて、一年も一年半もかけてほとんど掘り起こして、そういうことを行政に向けて要求できるような意識水準にまで高める努力をしてきたのです。だから、手の届かないところでたくさんあることは知っていますよ。しかし、その人たちがなぜほっておいてくれと言うか。
ですから、今総理はいろいろ答弁をされておりますけれども、この国民の意識調査、もちろんこれには認識の仕方はいろいろあるでしょうけれども、一応の国民の意識水準、動向として参考になるのではないでしょうか。いかがでしょうか。
それから最後に、住民の意識水準です。十年前といまは違う。営業権それから生活権、環境権、これらのことについての住民の意識の向上、それを敵に回して、大都市部で古い時代の設計を強行するというふうなことは、これは時代錯誤もはなはだしいことであって、この条件の変化をどう思いますか、認めますか。
それで、広域営農団地の場合ですと、いま官房長のお話しのように、農協というようなもので流通加工ができると思うのだが、一番末端の農作業まで入ってくるときの組織化、これは私は、ほんとうに、現実問題として、いまの意識水準から見て、非常にむずかしい問題があると思うのですよ。
具体的な差別の事実を、みんなで考えほりさげて、おたがいの理論的意識水準をひきあげること、そして差別にたいする理性的な怒りをもやすこと、このために努力しよう。」こういうふうな記事があるわけです。 したがいまして、各省ともの問題になるわけですけれども、まず、部落の本質というものを、担当なさる方々が握っていただかなければならない。
具体的な差別の事実を、みんなで考えほりさげて、おたがいの理論的意識水準をひきあげること、そして差別にたいする理性的な怒りをもやすこと、このために努力しよう。」こういうふうな内容のことが書かれております。 そしてこの問題を解決するために、四十四年の七月に同和対策特別措置法ができたわけです。これは十年の時限立法なんです。
いわゆる俗悪番組というもの、あるいは低俗番組というものがしばしば問題になりまして、これは確かに国民生活あるいは国民教育の上に重大な影響があると思いますけれども、私どもはいわゆる俗悪というものは排撃しなければいけないけれども、一般的にいわれている低俗というものは、何と申しますか、いわゆる意識水準といいますか、そういうものの低い層を対象にした番組というものもやはり必要ではないかというふうに思います。
その地域の住民が非常に公害に対する意識水準が高い、公害防止に対する意識水準が高い、地域社会において公害を防止していこうという気持ちが非常に強い、こういう社会心理学的なものを私は導入すべきものだと思う。そうすると、その社会的条件は、そういう主観的社会的条件も当然入ると理解してよろしいか。
もちろんそれは社会的秩序であるとかあるいは国民の意識水準の問題にもよりますけれども、わが国の社会的意識水準なり、国民なりメーカーの意識水準の中で、従来の通達行政というものが非常に限界があるという点は指摘ができるわけでございます。この点で通達行政偏向という形から法内規制を重視するというふうに切りかえていく指向性が必要ではないか、かように原則的には考えるわけでございます。
それに対してとやかく言ってみたところで始まらぬわけですが、さばくほうとしては、きわめて冷静にやっておられるはずですし、また、こういうものを摘発いたしますのも、厳正公平を旨としてやっておるつもりでございまするので、また個々のケースにつきましてでしたら、ここに担当官がおりますのでお答えできると思いますが、後段の大問題のほうは、やはり残念ながら日本の民主政治の現段階を考えてみますと、国民全体の政治に関する意識、水準
地方制度調査会でもずいぶんそれは取り上げられておるのですけれども、そういう中にあって、住民不信——住民の現在の意識水準では自治能力に欠けておるじゃないか、だからこれに権限を与えてもしかたがない、その参加を呼びかけてもなおさら混乱するのじゃないか、こういう不信感がずいぶん出てきておるのじゃないかと私は思う。
近代科学の発展がそういうものを要求しておるが、現在における科学者の意識水準がどうも立ちおくれているのじゃないか、そういうような感じがしてしようがないのです。そういうようなことについて学術会議あたりで少し問題として掘り下げられていいんじゃないかという気がするのですが、どうなんでしょうか。