1986-03-25 第104回国会 衆議院 内閣委員会 第5号
大蔵省主計局共 坂本 導聰君 済課長 文部省教育助成 局地方課長 井上 孝美君 厚生省社会局生 活課長 矢野 朝水君 農林水産省構造 改善局構造改善 事業課長 太田 道士君 水産庁振興部振 興課長 菊地 徳弥君
大蔵省主計局共 坂本 導聰君 済課長 文部省教育助成 局地方課長 井上 孝美君 厚生省社会局生 活課長 矢野 朝水君 農林水産省構造 改善局構造改善 事業課長 太田 道士君 水産庁振興部振 興課長 菊地 徳弥君
務参事官 赤尾 信敏君 外務省国際連合 局外務参事官 瀬崎 克己君 水産庁振興部沿 岸課長 窪田 武君 水産庁海洋漁業 部遠洋課長 今井 忠君 水産庁海洋漁業 部参事官 島 一雄君 水産庁研究部資 源課長 菊地 徳弥君
○説明員(菊地徳弥君) お答えいたします。 オットセイ猟獲の歴史について申し上げますと、十八世紀の中ごろから米国等諸外国によりましてプリビロフ諸島等の繁殖地におきまして、陸上での猟獲が行われてまいりました。さらに十九世紀の後半に我が国も参加いたしまして海上猟獲が行われたという歴史がございます。
○説明員(菊地徳弥君) 本条約の定めるところに従いまして、昭和三十二年の条約発効後、ちょうど二十五年を経過しました昭和五十七年度の年次会議におきまして、北太平洋おつとせい委員会は、オットセイの猟獲は、最大の持続的生産性の達成を妨げることなく陸上猟獲を行い、また一定の条件下で海上猟獲を行い得るかという点につきまして最終的な結論が得られておらず、さらに研究を継続すべしとの趣旨の勧告を行った次第でございました
則定 衛君 外務大臣官房外 務参事官 村田 光平君 外務大臣官房外 務参事官 木村 崇之君 水産庁漁政部企 画課長 東 諄君 水産庁海洋漁業 部遠洋課長 今井 忠君 水産庁研究部資 源課長 菊地 徳弥君
松田 慶文君 外務大臣官房外 務参事官 瀬崎 克己君 外務大臣官房外 務参事官 木村 崇之君 水産庁海洋漁業 部遠洋課長 今井 忠君 水産庁海洋漁業 部参事官 島 一雄君 水産庁研究部資 源課長 菊地 徳弥君
宇都宮 誠君 外務省北米局安 全保障課長 沼田 貞昭君 外務省経済協力 局技術協力課長 黒川 祐次君 大蔵省理財局国 有財産第二課長 川嶋 烈君 文化庁長官官房 総務課長 上野 保之君 水産庁研究部資 源課長 菊地 徳弥君
当時の郵政大臣は降旗徳弥大臣であったかと思うのですが、逓信省はお手上げ状態にあったのです。そこで逓信病院の労働組合からもたっての要請がございまして、全逓としては——当時東京逓信病院が病床約二百前後だったと思うが、函南の病院が結核病棟としてやはり二百以上の病床を持っておったわけです。私たちは地元の市町村役場、有力な方々に御説明申し上げて、全逓は四十万の職員がおる。現在食糧事情もこういう状態だ。
青田源太郎君 岡村文四郎君 櫻井 志郎君 田中 啓一君 坪山 徳弥君 温水 三郎君 藤野 繁雄君 大森 創造君 小宮市太郎君
田中 啓一君 森 八三一君 山崎 斉君 矢山 有作君 渡辺 勘吉君 委 員 青田源太郎君 岡村文四郎君 小林 篤一君 坪山 徳弥君
野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 植木 光教君 沢田 一精君 和田 鶴一君 源田 実君 熊谷太三郎君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 植垣弥一郎君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
佐藤 尚武君 野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 植木 光教君 沢田 一精君 和田 鶴一君 源田 実君 熊谷太三郎君 山崎 斉君 井川 伊平君 植垣弥一郎君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
木暮武太夫君 笹森 順造君 植木 光教君 鈴木 一弘君 和田 鶴一君 森田 タマ君 源田 実君 熊谷太三郎君 久保 勘一君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 植垣弥一郎君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 植木 光教君 沢田 一精君 中上川アキ君 源田 実君 熊谷太三郎君 久保 勘一君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 植垣弥一郎君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
中山 福藏君 三木與吉郎君 野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 源田 実君 熊谷太三郎君 久保 勘一君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 植垣弥一郎君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
岡崎 真一君 中山 福藏君 三木與吉郎君 野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 源田 実君 熊谷太三郎君 久保 勘一君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
三木與吉郎君 野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 植木 光教君 源田 実君 熊谷太三郎君 久保 勘一君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 植垣弥一郎君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
三木與吉郎君 野田 俊作君 小山邦太郎君 木暮武太夫君 笹森 順造君 植木 光教君 源田 実君 熊谷太三郎君 久保 勘一君 山崎 斉君 井川 伊平君 石谷 憲男君 植垣弥一郎君 岸田 幸雄君 谷村 貞治君 川上 為治君 仲原 善一君 坪山 徳弥君
昭和四十年五月十一日(火曜日) 午前十一時三十八分開会 ————————————— 委員の異動 五月七日 辞任 補欠選任 鳥畠徳次郎君 増原 恵吉君 丸茂 重貞君 坪山 徳弥君 五月八日 辞任 補欠選任 坪山 徳弥君 丸茂 重貞君 増原 恵吉君 鳥畠徳次郎君
田中 清一君 和田 鶴一君 櫻井 志郎君 山崎 斉君 館 哲二君 二木 謙吾君 村上 春藏君 北口 龍徳君 四月二十三日 辞任 補欠選任 前田佳都男君 鈴木 恭一君 五月七日 辞任 補欠選任 上林 忠次君 久保 勘一君 坪山 徳弥君
○降旗参考人 私が松本市長の降旗徳弥でございます。本委員会におきまして参考人として私見を申し述べる機会を得ましたことを感謝申し上げます。この際、御列席の諸先生方にはいわゆる新産並びに工特の問題につきまして年来非常にごやっかいになっておるのでございまして、この点あわせて厚く御礼を申し上げたいと存じます。
本日は、本案について参考人として岡山県知事加藤武徳君、松本市長降旗徳弥君が出席されております。 この際、一言ごあいさつを申し上げます。参考人の方々には御多用中のところ、当委員会の法律案審査のため御出席をいただき、まことにありがとうございます。
経済企画庁総 合開発局長) 鹿野 義夫君 通商産業事務官 (企業局産業立 地部長) 馬郡 巖君 自治事務官 (財政局長) 柴田 護君 委員外の出席者 参 考 人 (岡山県知事) 加藤 武徳君 参 考 人 (松本市長) 降旗 徳弥君
昭和四十年四月八日(木曜日) 午前十一時十二分開会 ————————————— 委員の異動 四月二日 辞任 補欠選任 後藤 義隆君 坪山 徳弥君 四月三日 辞任 補欠選任 坪山 徳弥君 後藤 義隆君 ————————————— 出席者は左のとおり。
四月二日、後藤義隆君が委員を辞任せられ、その補欠として坪山徳弥君が選任され、四月三日、坪山徳弥君が委員を辞任せられ、その補欠として後藤義隆君が選任されました。 —————————————
昭和四十年四月八日(木曜日) 午後二時五十二分開会 ————————————— 委員の異動 四月三日 辞任 補欠選任 後藤 義隆君 坪山 徳弥君 梶原 茂嘉君 藤野 繁雄君 四月八日 辞任 補欠選任 高山 垣雄君 田上 松衞君 出席者は左のとおり。
昭和四十年四月二日(金曜日) 午後七時六分開会 ————————————— 委員の異動 四月二日 辞任 補欠選任 坪山 徳弥君 後藤 義隆君 藤野 繁雄君 梶原 茂嘉君 ————————————— 出席者は左のとおり。
本日付をもって、委員坪山徳弥君、藤野繁雄君が辞任され、その補欠として後藤義隆君、梶原茂嘉君が委員に選任されました。 —————————————
北口 龍徳君 佐藤 芳男君 野知 浩之君 相澤 重明君 二宮 文造君 委 員 加賀山之雄君 川野 三暁君 谷口 慶吉君 坪山 徳弥君
なお、茨城県下では大森創造委員が、栃木県下では坪山徳弥委員が現地参加してくださいました。 この委員派遣におきまして調査ないし視察いたしましたのは、茨城県下では、県財政、県下の地域開発、検査報告の不当事項二件、土地価格と取引状況、農林省ガンマ・フィールド、東海村原子力研究所、水戸射爆場、茨城国立高専の地元負担、鹿島地区工業整備、筑波地区研究学園都市などであります。
理 事 相澤 重明君 大谷 贇雄君 加賀山之雄君 川野 三暁君 上林 忠次君 沢田 一精君 鈴木 恭一君 谷口 慶吉君 坪山 徳弥君