2021-05-19 第204回国会 衆議院 経済産業委員会 第14号
○小熊委員 これは、我が党の復興本部の中で、私もゴールデンウィーク前の質疑でもやりましたけれども、今、田嶋議員でもありましたように、福島だけにしわ寄せが来ている、そういう中で、薄めて飲めるほどの水になった処理水を、トラック一杯でも全国で引き受けてくれないかという話が出ました。 そのときに、経産省の言葉は、各地で反対運動が起きます。
○小熊委員 これは、我が党の復興本部の中で、私もゴールデンウィーク前の質疑でもやりましたけれども、今、田嶋議員でもありましたように、福島だけにしわ寄せが来ている、そういう中で、薄めて飲めるほどの水になった処理水を、トラック一杯でも全国で引き受けてくれないかという話が出ました。 そのときに、経産省の言葉は、各地で反対運動が起きます。
過日、我が党の復興本部の中で、じゃ、福島で流そうとしている、基準値以内、しかも希釈してかなり薄めたものを他県にも、四十七都道府県で割れと言っていませんよ、何万トンものやつを、トラック一台分でも風呂おけ一杯分でも他県に持っていけないかという話をしたら、経産省からは、反対が起きるので難しいですと言われました。 希釈して世界中どこへでも流れても大丈夫だ大丈夫だと言っていながら、実際はそうなんです。
また、先日、我が党立憲民主党復興本部がまとめた三十四の提言で、NPO等は、きめ細かいニーズの把握や伴奏型の支援にきずな力を生かした復興、被災者の支援の実情があることから、地域内の人のつながりの強化につながる取組に対して財政的な支援を拡充するとともに、事業運用の柔軟化を図ることと求めております。
あとは、我が党の復興本部で、おととい開いて、この点についても役人の方とやり取りしましたが、風評被害については引き続き一層の努力をしていきますと言っていましたけれども、大臣、この二枚目のデータをよく見ていただいて、引き続きの延長線は変化がないと思います。やはり新しい切り口、新しい発想。
さて、我が党も復興本部をつくって、私が本部長をさせていただいていますが、三十四項目の提言というのをまとめて、今日、平沢大臣に手交をさせていただく予定になっております。よろしくお願い申し上げたいと思います。
私も今、立憲民主党の復興本部の本部長という立場でもございます。また、三・一一のときは閣僚でもございましたし、当時与党の政調会長でもございましたので、当然ながら最後の復興まで最終的な責任を負いたいというふうに考えています。 宮城とか岩手のような津波、地震の被災地は、総仕上げの段階に入ってきています。
立憲民主党では、十一月には枝野代表が、仙台市の、復興公営住宅で居住者の地域コミュニティーづくりを支えているNPO、つながりデザインセンターを、また、党の復興本部のメンバーで、石巻市の、児童、教職員八十四名が学校管理下で津波の犠牲となった悲劇、小さな命の意味を忘れず、学校防災を考える大川小伝承の会、陸前高田市では、若者の移住、交流人口促進を行っているNPO、SETなどを視察しました。
これは、私たちの復興本部でもかなり激論というか大変な議論があって、やはり現状、国民に対する説明、あるいは十分な国民的な議論が足りないのではないか、こういうことでございますし、また、福島だけに負担を強いるということが本当によいのかという議論に我々の中でなっているわけです。
また、今、復興・創生期間ということでありますけれども、我が党も、先日、玉木代表と一緒に、また、我が党の復興本部、増子参議院議員が復興本部長、先頭に、現地調査をしてまいりました。
だって、自民党の組織はわかりませんけれども、我が党内だって、東日本大震災の復興本部と福島の復興本部と二本立てでしているんですよ。原発事故災害というのはしかも今も継続中です。これはちゃんと問題意識として、その姿勢のあらわれですから。 幾ら全力で取り組んでいますと言っても、何か意図的なものを感じてしまう、なかったことにしていく。これはもう答弁は要りませんから、検討してください。
だから、今回のことだって、できるだけ、例えば、閣議決定の前に、関係者、あるいは復興本部というのが民進党にもある、本部長を初め幹部の皆さんにどうだろうかと、幹部の皆さんが、復興庁の皆さんが意見を聞くというのはやはり必要だと思うんですけれども、大臣、それは指示してもらえませんか。
この先週末の土日に、我が党の復興本部が岡田本部長を先頭に宮城県を視察してまいりました。私も、二日間は参加できなかったんですが、日曜日に塩竈また七ケ浜と回ってきたときに、塩竈の市長さんに涙が出そうな大変いい言葉をいただきました。修学旅行はなかなか戻っていないでしょうと。
私たち民進党の復興本部は、岡田克也本部長を先頭に、この間、被災地を視察させていただいております。定期的に回らせていただいておりますけれども、この四日、五日、土日は宮城県の沿岸部を、かなりの距離になりましたけれども、回らせていただきました。十一日で震災から丸六年が経過します。土日も、一足早い七回忌法要なども行われていました。
民進党の東日本大震災復興本部長経験者として、まことに残念です。 民進党は、住宅再建等加速化のための被災者生活支援金増額、用地問題解決の迅速化などを含む復興加速四法案を国会に提出しています。自民党総裁として賛成していただけませんか。安倍総理の御見解を伺います。
○宮沢国務大臣 今思い出しましたけれども、たしか、政府の復興基本法では、復興本部をつくるという形で、阪神・淡路大震災のときと同じようなことを当初考えられていたのを、私どもが、そういうことではいけない、やはりしっかりとした時間限定の復興庁という役所をつくって、国主導で徹底的にやるべきだというような議論の中から復興庁が生まれてきたと思います。 平野大臣にもいろいろ御質問をさせていただきました。
そういう中で、自民党の復興本部の、少ない幹部ということをずっとやっておりまして、復興加速化本部にかわりましたけれども、大島本部長とともにずっと協議をしてまいりました。
私は、福島には入っておりませんけれども、復興基本法を自民党で中心になってまとめて、また、与党協議、修正協議で復興基本法をつくり、また、それに基づいて復興庁の設置法についても同じようにしっかりとした復興庁にしたというようなことをやった後、自民党におきまして、当時は震災復興本部、その後、復興加速化本部というものがございまして、大島先生が本部長ですけれども、私も三、四人の中心メンバーの一人といたしまして、
大臣もインタビュー等でしっかりと集中復興期間後も財源を確保していくんだというふうな決意を幾度となく述べておられるのも承知しておりますし、また、我が党の復興本部でも、いわゆる復興集中期間という名を取るのではなく、しっかりとした復興を進めるという実を取るのだという話を大島本部長がされているというものも承知しております。
そして、その後、自民党の復興本部、大島先生が本部長ですけれども、そこの本部の副本部長等々、かなり重要な役割をしてまいりました。その中で私が担当しておりましたのは、残念ながら福島ではなくて福島以外というものが私の直接の担当でございましたけれども、大島先生を囲んで少人数の幹部でいろんな協議をする中で、福島の話というものも常にやってまいりました。
復興本部、今や復興庁ですね。この復興庁というのはそういう思想でできて、全大臣が復興大臣だという気構えでやるというふうにしてやってきたわけです。うまくいっている部分もあるし、うまくいっていない部分もあると思います。 というのは、時間がたってくるとなかなかそういう当初の熱意が冷めてくる。復興という話でさえも、実際には、復興庁に話して全てがうまくいくわけではない状態も出現しております。
御指摘の点、各省連携の問題につきましては、復興対策事業として当時も復興本部の下などで議論させていただいていたものではございますけれども、まさにおっしゃるとおりのところを踏まえまして、健康・医療戦略推進本部など、この法律に基づいての新しいスキームできました際には、私どもの経済産業省の方からも更に積極的に情報共有や事業の内容についても連携を取ってまいりたいというふうに考えております。
大規模災害からの復興については、やはりとても被災地域だけではできませんので、復興本部を設置して、国の機関であるとか地方公共団体の施策の総合調整を行って、国の施策の方向性を示した復興基本方針を速やかに策定する、こういうふうになっています。