運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login
11件の議事録が該当しました。
share
Created with Highcharts 5.0.6日付時刻該当件数1950195519601965197019751980198519901995200020052010201520202025052.57.5

該当会議一覧(1会議3発言まで表示)

  • 1

1982-08-26 第96回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第14号

夕張一鉱が昭和四十八年十月、平和鉱昭和五十年三月、夕張新二鉱は五十二年六月、清水沢鉱が五十五年四月、このように閉山が行われておるわけです。どうしてこれだけの債務が、労務債がたまったのかと調べてまいったわけですが、夕張一鉱と平和鉱の場合には、鉱員に対しては退職金は全額払っておるわけです。

岡田利春

1980-11-06 第93回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第5号

それからさらに夕張新二鉱閉山した者、そしていま清水沢から閉山した者、さらにまた現地で採用した炭鉱の未経験者が約四百名ぐらい、合計するとかなりの人数になりますけれども、この間大変な退職者もございます、定年や自己都合でやめる者もおりまして、現状では千八百五十名くらいの坑内人員でございます。  このように、確かに寄せ集まりの炭鉱でございます。

三浦清勝

1977-04-12 第80回国会 参議院 商工委員会資源エネルギー対策小委員会 第1号

炭量はあっても、いま現にきょうあたり、御存じのとおり夕張新二鉱では閉山ですよ、会社側提案は。きょうは二十四時間ストライキに入っているわけだ。一方住友炭鉱も、もうこれは大変だということで、すでにおわかりのとおり十一億の労働条件しわ寄せをしなければならぬと、こういう問題が出てきているんです。したがって私は、これは何から来ているかと言ったら、その経営主体にも問題がある。

対馬孝且

1977-04-12 第80回国会 参議院 商工委員会資源エネルギー対策小委員会 第1号

それで、先ほどちょっと採算ベースの段階触れたのでありますが、この機会にきちっとしておきたいのでありますが、現実に先ほど言ったように夕張新二鉱というのは会社側閉山提案してきておる、それから住友炭鉱も十一億という労働条件しわ寄せが出てきている。ところが鉱業審議会答申の中に労働力条件確保を含めて改善をすべきであるという答申が出ているわけだ。行き詰まるところはそこなんだ。

対馬孝且

1977-04-06 第80回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第7号

なるほど口では二千万トン体制の維持を唱え、国内炭優先を言いますけれども、たとえば夕張新二鉱鉱命延長東部開発などの問題について、政府調査団派遣程度のことさえ踏み切ろうとしないのでありますから、とうてい国民を納得させる熱意ありとは言い得ません。私は、このことを強く指摘して、以下、反対の理由を述べます。  

安田純治

1977-03-30 第80回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第6号

それからいま最も問題になっております夕張新二鉱問題等は、真新しい問題としてすでに炭量そのものが枯渇をしてきている、こういうことで閉山的な問題がいまクローズアップされております。こういう問題が突如として勃発したというような感じを受けているわけですけれども、当然これは数年前にわかっていなければならないものだ。

野村光雄

1977-03-30 第80回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第6号

なお、作手の十月の十七日のときには、夕張新二鉱鉱命延長の問題も絡みまして、新鉱に移ってくれないかという提案がございましたが、私どもは、新鉱の炭量調査を明確にした上でなければ結論が出せぬという意味で、いまこれらの問題については関連をさせていません。しかし、会社提案現実にされているということだけは、お答えをしておきたいと思います。

里谷和夫

1976-10-19 第78回国会 参議院 商工委員会資源エネルギー対策小委員会 第1号

自後夕張新鉱の五千トン体制について、夕張新二鉱炭量調査の問題について、真谷地炭鉱の再建について、清水沢炭鉱について、労働条件決定について協議をいたしまして、ただいま申し上げましたように、今朝三時四十分に妥結をいたした次第でございます。  私ども調印に当たりまして会社にも申し入れをいたしましたし、私どもも今後の問題解決のための二点の決定をいたしました。

里谷和夫

1976-10-08 第78回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第3号

これは、いまちょうど団体交渉のさなかでございますけれども、出向した鉱員を引き揚げるとすれば、その補充として、もし夕張新二鉱を充てるとすると、その出炭量をこれから調べなくちゃなりませんが、大体そうとして、もしその時点において、あと半年か一年だというなれば、その後に、ちょうどタイミングが合うときに向こうへ移ってもらいたい、こういうことをいま提案しているところでございます。  

萩原吉太郎

1976-10-08 第78回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第3号

たとえば夕張新二鉱の場合にしましても、ちょっとこれについては私、意見があるのですよ。初めは五十三年と言っておったのが、急に五十二年に切りかえられたりしている点がありますね。ここら辺は組合としても、なかなかそれでは納得しないと思います。やはりそれの展望としては鹿の谷の開発が問題になってくるのだと思うのですよ。

岡田春夫

1976-05-12 第77回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第3号

私は夕張新二鉱については、北炭新鉱との関係で、いずれ早晩というふうに見ていたのですけれども、しかし、いま幌内が出炭がストップしているということで、かなり北炭が新二鉱の採炭を強行しているというふうに見ていいんじゃないかと思うのですが、これもひとつ、ぜひ調べて後で御報告を願いたいと思うのであります。  そこで政務次官、夕張に行ってごらんになったとおり山が多いのですよ。

多田光雄

1976-05-12 第77回国会 衆議院 石炭対策特別委員会 第3号

私がにらんでいるところでは、どうも夕張新二鉱この辺から労働者を持っていこうとする案ではなかったかと推測しているのです。夕張新二鉱のことは後で、大臣がおらなくなってから、いろいろお伺いしたいと思っております。  つまり、北炭のやり口を見ているというと、これも幸か不幸か事故が起きる、そして、そこの山を整理する、そして、これからドル箱になるであろう北炭新鉱にどんどん持っていっているのです。

多田光雄

  • 1
share