1973-07-06 第71回国会 衆議院 建設委員会 第26号
私もそのころ国土総合開発特別委員会の理事をつとめておったのですが、廣川弘禪氏が委員長で、いまの大蔵大臣の愛知揆一氏も理事の一人で、東北開発問題で非常に盛んに議論をし合ったものです。 しかしいまこうなりますと、この法律案が通ったとしますと、関連して国土総合開発庁がスタートするそうですね。経済企画庁は存在する。この二つの役所は国会に審議機関を全然持っていないのです。どういうことになるのか。
私もそのころ国土総合開発特別委員会の理事をつとめておったのですが、廣川弘禪氏が委員長で、いまの大蔵大臣の愛知揆一氏も理事の一人で、東北開発問題で非常に盛んに議論をし合ったものです。 しかしいまこうなりますと、この法律案が通ったとしますと、関連して国土総合開発庁がスタートするそうですね。経済企画庁は存在する。この二つの役所は国会に審議機関を全然持っていないのです。どういうことになるのか。
具体的に少し申し上げてみますと、御承知の通り二十九年の一月には自民党の農林大臣の廣川弘禪氏があっせんをいたしまして、それまで分散をしておりました全国の旧地主団体を統一いたしまして、全国農業再建協同組合というものを全国的に結成された。その際のあっせん役は廣川弘禪氏である。
○高田(富之)委員 それでは、その安定制度ということを盛んに強調されるわけですが、さっきもあなたがおっしゃったのですが、理事長さんからもこの間御説明がありましたように、かつて昭和二十六年に時の農林大臣廣川弘禪氏あてに横浜取引所理事長から念書が入っておる。さっきもあなたがこれを引用されたわけですね。この念書があるのだからというようなこともおっしゃっている。
、こういうことで、石黒武重さんの名前で当時の農林大臣廣川弘禪氏に出ておりまするが、これは、御承知の通り、糸価安定ができる前にこの取引所ができたので、こういうふうな物統令の文書が出ておる。
廣川弘禪氏が農林大臣のときに、いわゆる肥料の赤字を農民にぶっかけるなという問題が起ったが、ケースをかえれば、この鉄鋼の去年のいわゆる値下りあるいは輸出のダンピングというものの赤字を、このカルテルを利用しての建値の引き上げにぶっかけてきている、こういうように思わざるを得ない。
○政府委員(早川崇君) 党の方の北海道開発特別委員会委員長は廣川弘禪氏でございますが、その委員会におきまして北海道を開発するためには分県をして、今のような広い道庁でなくて、六つに分県した分が開発上有利ではないか、こういう御決定があったのでありまするが、政府といたしましては、むろんそれに対して別に賛成しておるわけでもございませんし、党内の一つの意見として聞いておる程度でございます。
しかし一方自由民主党の立場から北海道開発特別委員会を設置せられて、廣川弘禪氏を委員長とするところの、すなわち全国的な委員を網羅した機関ができております。その構想はわれわれ承わっただけでも雄大なる構想だと思います。ところが、とかくこれは宣伝に供せられる、あるいは人気取りのための構想であってはならないと思う。
まず第一にお伺いいたしたいのは、第二次鳩山内閣当時、当時の民主党でありますが、廣川弘禪揮氏を委員長とする北海道開発特別委員会が設置せられまして、その委員会の成案ができ、膨大なる構想がすでに新聞にも出、あるいは党議でも決定せられ、さらに保守合同がなりまして、第三次鳩山内閣が組閣せられた後におきまして、再び与党でありまする自由民主党の中に北海道開発特別委員会が設置されまして、同じく廣川弘禪氏がその委員長
廣川弘禪氏は与党内に設けられた米価問題に対するところの大きな責任を持った機関の長であります。政党政治においてはおそらく関連がないとは河野さんは言われないと思いますが、ただいま私が言ったような点について、廣川氏が一萬田氏と会って話をしたということを聞いておられるか、その点はいかがでありますか。
従ってきょうはいろいろな御事情がありますし、われわれの方の時間の都合もありますから、委員長において、あとで理事会にお諮りを願って、廣川弘禪氏と大蔵大臣との昨日の会談の真相について具体的な究明をする方途を講じたいと考えます。その点について委員長において、後刻理事会に諮って、具体的にまとめてもらいたい、このことを委員長に提案いたし、私の質疑を終っておきます。
一体廣川弘禪氏を中心とする特別委員会には、政府の行政府からも資料を提出し、またあなたの部下も食糧庁長官を初め、連日にわたって出席をし、大蔵省の事務当局を招集し、あらゆる観点からこの問題について論議をしておるはずであります。そのことについて農林大臣が一萬田蔵相と廣川会談の内容を知らないというようなことは、常識的にわれわれ考えられません。
○矢尾委員 そういたしますと、今の点につきましては、あなたの証言によりますと、東京会館におきましては何らそういうお話はなかつたということでございますが、その翌日にあなたと伊藤斗福と廣川弘禪氏が池田邸を訪問されたという事実は間違いございませんか。
○矢尾委員 新夕刊のため金を出してやつてくれというのではなしに、そういたしますと、三浦のために金を出してやつてくれということを廣川弘禪氏から頼されたのですか。
○矢尾委員 そういたしますと、廣川氏が訪問したときに池田さんがおられたかおられなかつたかということは、これは証言の中には載つておりませんが、私たちが廣川喚問をいたしました翌日の新聞記者の会見記事によりますと、池田さんは、東京駅において、汽車が着いたときに、使いの者が自宅から見えておつて、ただいま廣川弘禪氏と伊藤斗福とがお宅において待つておるが、お会いになりますか、献金をしたいと言つて来ておるがお会いになりますかと
このときには大臣は廣川弘禪氏であつたわけでありまするが、このような購入に当つて大臣のほうに同じく御相談があつたかどうか、この点について。
そういう点でこの不急不用の麻袋という関連から八億数千万円の赤字を食管財政にあけたというふうなことについて、廣川当時の大臣はですね、廣川弘禪氏は、こういう関係についての問題の報告をお聞きになつたことがございますか。
それから二十六年の七月の四日に根本さんが就任され、そうして二十六年十二月二十六日に又広川さんが就任され、それから二十七年の十月三十日に吉田内閣が成立をして、小笠原三九郎氏が就任をされ、それから小笠原三九郎氏が余り長くやりませんで、そのあとに廣川弘禪氏が就任をされる。
まず、中野理事より、池田勇人君喚問の理由として、去る二日の広川君の証言によれば、昭和二十七年九月ごろ東京会館別館において新夕刊社長山崎一芳君、三浦義一君及び伊藤斗福君と会談の折、伊藤君より池田君を紹介してくれとのことで、同道の上単に紹介しただけだとのことであるが、池田君は、一日夜新聞記者団と会見して、「昭和二十七年九月二十五日某氏を介して廣川弘禪氏と伊藤斗福氏が来ているが献金をもらうかどうかといわれた
第二は、同じく池田勇人氏を伊藤斗福が廣川弘禪氏を通じてたずねたという先ほどの証言の中に、三百万円を別口にして池田勇人氏に手みやげとして持つて行つた、こういうことをお聞きになつたかどうかという点が第二点であります。
なお、もうちよつと詳しく申し上げますならば、昭和二十七年九月三日、これは情報でありますが、廣川弘禪氏は、池田勇人氏を伴つて伊藤斗福邸に参られたということであるが、かようなことをあなたは伊藤斗福氏からお聞きになつたことがあるかどうか。なお、駒井重次氏に対して九月二日こういつたような献金がなされたという話を伊藤理事長はあなたに話したということであるが、あなたはそういう話を聞かれなかつたかどうですか。
○政府委員(福永健司君) 廣川弘禪氏も委員の予定者に入つておりますが、同氏は全国小売酒類販売組合中央会会長でございまして、只今お話のごとく、政治的に同氏はいろいろの経歴等もございますが、政府といたしましては、そういうことにかかわりませず、同氏が右中央会の会長でありますという立場におきまして、委員としてかねがね予定をいたしておりました次第でございます。
○小笠原二三男君 この予定者は相当前から予定されておつたそうですからお尋ねしますが、この廣川弘禪氏は、同氏は分自党のかたであつたが、それらにかかわりなしに、業界代表として、予定されておつたのですか。どういうわけでこういうことになつたのですか。
この間も、廣川弘禪氏に言わせますと、山村民が山を守つたので、林野庁が守つたのではないというたんかを切つておら、れましたが、そのことは別といたしましても、何といたしましても山村民の援助がなければ林というものは立つて行きません。これだけの愛着を持つておるところの山村民に、この際あたたかい手を延べるという意味からも、どうしても第一次補正の中にこれを入れてもらわなければならぬと思います。
而もそれが余りに政治に没頭し過ぎて、廣川弘禪氏のごときは二回も出ていますが、一体農林省に行つたのか行かないのか私は疑わしいほどにしか思われないほどに余りに政治に没頭し過ぎておると思う。かようなところに末梢の弛緩が生じておるのではないかということを私は恐れる。これは今あなたに申上げては非常に恐縮です、ですが私は記録にはいたしたい。内閣委員会はさように見ておるということを記録にはいたしておきたい。
播磨造兵廠拂下問題は、大谷重工業と神戸製鋼の猛烈な争奪戰になつておるのでありますが、大谷方は社長大谷米太郎が、廣川弘禪氏と東京市会議員時代に特に懇意であつたというような関係から、廣川氏を通じましてそうして首藤通産政務次官、永山通産省官房長と結び、更には廣川の口ききで白洲次郎氏を動かし、白洲が関係筋に工作を行い、永山官房長と関係筋との間にほぼ大体これの拂下の了解まで漕ぎつけておると、ところがこれに反して
若し無責任な旅先放言だけが農林大臣の仕事でありますならば、我々は全農民の名において、口に金輪を嵌めた犬の玩具を廣川弘禪氏に贈りたいと思うのであります。(「農政局長頑張れ」と呼ぶ者あり) 先に我々は救農臨時国会開催の要求をいたしましたが、その理由は、現在の農村の状態が、片々たる思い付きを以てしては、もはや如何ともすることができず、根本に触れた究明と対策を必要とすると考えたからであります。