1985-03-07 第102回国会 衆議院 予算委員会第四分科会 第1号
このこともちょっとここで私お聞きをしてみますと、未帰還者と認められた場合は、国が負担をしてくれまして、引揚証明書を発行され、帰還手当を成人の場合十三万二千円もらい、公営住宅に優先入居ができ、都道府県より生活指導員の派遣を受け、あるいはカセットテープ等、その他日本語の教育、あるいは所沢におけるところの四カ月間の教育が受けられる。ところが、自費で帰った人は一切これがない、こういうことですね。
このこともちょっとここで私お聞きをしてみますと、未帰還者と認められた場合は、国が負担をしてくれまして、引揚証明書を発行され、帰還手当を成人の場合十三万二千円もらい、公営住宅に優先入居ができ、都道府県より生活指導員の派遣を受け、あるいはカセットテープ等、その他日本語の教育、あるいは所沢におけるところの四カ月間の教育が受けられる。ところが、自費で帰った人は一切これがない、こういうことですね。
でも、いま私が言わしていただきたいことは、舞鶴へ帰ったときに、この引揚証明書ですね、ここには陸軍省の復員と書いてあります。ここには軍属の印鑑が押されております。これはコピーです。これは汚れておりますけれども私の実物なんです。で、ここにやはり陸軍省復員になっておりますし、ここが軍属になっております。
本土の場合は、終戦直後から政府におきましても引揚援護法という法律が設けられると同時に、政府に援護局があって、十分とはいえないまでも常にあたたかい手が差し伸べられておる上に、銀行に引揚証明書を持って行けば、無担保で成業資金として借りられるということは、本土におられる外地引揚者の特典と申さなければならないのであります。
その他援護金品の支給、引揚証明書の発給、病気になった場合の施療等、各種の援護業務を実施いたしておるのでございます。各受け入れ機関から引揚者が定着先に送り出されます場合には、人員及び荷物の輸送費を国庫において負担することはもちろん、弁当の支給、必要な施療等の車中援護及び駅頭援護を行なっております。
その際におきまして斎藤某は、その関係の仕事をしておることを奇貨といたしまして、すでに外国通貨の買上げを受けた人たちの名義を利用しまして、その買上代金の支払事務を代行しております日本銀行に対しまして、外国通貨買上代金支払先名簿を偽造しまして送りつけると共に、その代金の受取に必要な居住証明書、引揚証明書、印鑑証明書等を偽造いたしまして、真正の受取人のごとく装いまして、昭和二十五年十二月から二十六年の十二月
まず上陸第一歩からわれわれは承りまして、税関の検査あるいは引揚証明書の交付、帰還月日、それから、問題になつております例の帰還手当の件——これは、御承知のように、おしなべておとな一万円、子供五千円を全部に差上げることになつております。
そのために引揚証明書をここで交付いたします。それから、元軍人軍属でありました人につきましては、この際に復員の手続をここでいたします。それから、被服その他若干の日用品をここで援護物資として交付することにいたしております。なお、ここから帰りまして郷土におちつきまする間の雑費といたしまして、応急援護金を一人当り千円ないし三千円、子供につきましてはその半額を交付いたします。
それから引揚証明書の交付は定着地にありまして食糧の配給を受けたり、援護物資の交付を受けるという場合に、その人が引揚げて来たものであるということの証拠になりますものでありますので、ここで以てこれを交付いたしております。それから元の軍人、軍属につきましての復員業務もここで行う。
ですから、神戸上陸のときは、主人が宮崎、子供二人も宮崎で、私一人が壱岐で、引揚証明書をてんでに持つたのです。そんな関係だと思いますけれども、仙台に着いた以後に、主人は十二月十五日から二十八日まで、こつちの新宿の機関へ呼出しを受けたのですが、その呼出状が私の家へ入つたのです。ですから、私はすぐに速達でもつて埼玉の方に送つたのです。そうしたら、主人もすぐその呼出しで出頭したらしいです。
ただ援護局におきましては成るべくならば輸送の関係も非常に混み合うことでございましようし、できるだけ早く舞鶴から郷里までお送りするようにしたい、留守家族のかたがおいでになりましても、実際は援護局でもつていろいろな援護局内の、例えば帰国の査証でありますとか、税関検査でありますとか、或いは身上相談、引揚証明書の交付とか、その他の各種の業務をやりますだけで時間が一ぱいで、その時間をできるだけ切り詰めて早く帰
援護局の中で行われます仕事は、まず検疫、それから帰国の査証、それから税関の検査、身上相談、それから引揚証明書の交付、それから元軍人であつた者につきましては復員の業務、帰国後における援護物資の交付、応急援護金の支給、帰還手当の支給、こういうようなことをいたしまして、その間におきますところの給養もいたさなければなりません。また必要があります場合には、応急医療を行うというのが大体のことであります。
最近の例でございましたが、帰つて来たときには、やはり自分は朝鮮籍を抜いておる、日本人であるという印象で帰つて来られた、そうして援護庁のほうでやはり特別な計らいと言いますか、とにかく引揚証明書というものをもらつて郷里に帰つて来た、帰つて来て、その証明書によつて日本人ということを立証しようという気持でございましたのでしようが、残念ながら法律的な関係においては、こうした正式な離婚というものはできておらん、
引揚証明書に書いてあります。
○説明員(太田亮一君) 今回の取扱いは従来引揚者の場合に一般軍人及び軍属は千円まで、将校五百円、士官以下二百円というので、持帰り金の交換限度が定められておりまして、実は引揚証明書、或いは交換預り証、そういつたものを失くしたような場合に、一人当り二百円というようなことで内拂いをまあやつております。
○北條秀一君 今のに関連いたしまして一つ明らかにして頂きたいと思いますのは、引揚証明書がない場合には、町村長の証明でよろしいと、確かにそういう通牒であると思いますが、その際に先に受取つた金額を果した町村長がこれを証明し得るかという問題があると思うのですが、この点についてはどういうふうに大蔵省は考えておられますか。
そのほか局内にあります間、引揚証明書の交付とか、あるいは軍人でありましたら復員手続とか、その他所要の手続をしていただきます。とりあえずお家の方に無事に帰つたという知らせをされるために、三十字まで至急電報が無料で打てるようにしてあります。理髪についても相当額國費で補助して、非常に廉價に全員が理髪できるような設備もできております。
又それから教育民生部長と、厚生課長と、引揚者團体の会長と金融機関信用組合、無盡組合、この責任者が集りまして、そうして事業内容の檢討をやりまして、それから今度は各引揚者の引揚証明書、それから金融貯金通帳をば各地方にばら撒かれております各引揚者を一人づつ廻りまして、その印鑑を集めまして、そうしてこの庶民金庫に行つて初めてこの金が渡る。何ぼ早くやつても一ケ月は絶対に掛ります。