2015-04-17 第189回国会 衆議院 安全保障委員会 第7号
私の問題意識は、治安の維持活動といっても、実際にやっているのは、例えば、テロリストの平定作戦であるとか、あるいはゲリラの討伐とか、事実上治安を維持するということですから、相手が何かすごい、一定程度平定したとしても、さまざまなゲリラ集団とか、必ずしも政府に認められていないさまざまな反政府組織もあったりして、予想しないような人、団体があるわけでありまして、結果として、そういった、治安の維持という警察的な
私の問題意識は、治安の維持活動といっても、実際にやっているのは、例えば、テロリストの平定作戦であるとか、あるいはゲリラの討伐とか、事実上治安を維持するということですから、相手が何かすごい、一定程度平定したとしても、さまざまなゲリラ集団とか、必ずしも政府に認められていないさまざまな反政府組織もあったりして、予想しないような人、団体があるわけでありまして、結果として、そういった、治安の維持という警察的な
〔理事浅尾慶一郎君退席、委員長着席〕 しかし他方、国内治安がいつまでも収まらないという状況で、やはり、あと、もちろん麻薬の問題ですとか汚職の問題とかも取りざたされている中で、余りにも長い時間国の中が平定できなかったということで、多くの人たちが今の政権に対して落胆しているのが一つの原因ではないかなというふうには思います。
特に、今勝ちそうな予測がありますけれども、私はここで予測するつもりはありませんが、オバマ候補ははっきり言っているんですね、イラクというのは対テロ戦争の主戦場ではない、アフガンの平定に全力を挙げる、彼はこのようにはっきり明言しております。
私どもが例えばイラクの暫定政府の高官と会って話をしたり、そういう中で必ず出てくるのは、確かにそれは全土が完全に平定された状態ではないけれども、十八前後の県のうち、危険だと言われているのは二つ三つの県であり、いわゆるスンニ・トライアングル以外のところは、全国的に警戒警報といいましょうか非常事態宣言は出されているけれども、特段の措置はとらなくても済んでいる。
今、ファルージャで大変緊張が高まっているわけでありますが、このファルージャを平定する、ファルージャの治安を確保するということは、イラク全体の治安の確保に大変大きな影響がある。アラウィ首相初め暫定政府も政治的にそのように強い判断をし、イラクの治安要員にそのことを指示したというふうに私どもは承知をいたしております。
アメリカの中には、今度はシリアだとか、今度はイランだとか、イラクに置かれたアメリカの基地をベースにして中東全体を平定していこうというような議論もあるわけで、そういう占領行政に日本が協力してしまうことは、さらなる戦争の準備を支援することにもなってしまうと思うんですけれども、この辺、ブッシュ大統領と懇ろに話をされ、アメリカは、そして日本は、これからイラクで一体どういうことをやっていこうというふうに話されたんですか
せている空母に支援をしたと思ったら、その飛行機がイラクの方に飛んでいくとか、そういうことがアメリカ次第になってしまいますと、さらに懸念されるのは、イラク戦争について、これは別に停戦協議も講和会議も行われていないので、終わったのかどうかよくわからないんですけれども、次はイランじゃないかとか、いや次はシリアだとか、そういう話も取りざたされておりまして、ひょっとしたら、イラク攻撃というのはアメリカの中東平定戦
今度はアフガニスタンを平定したものですから、安心して次の黒幕、アラブテロリストの黒幕はだれだと、ああ、これはもうイラクのフセインだと、こういうふうな発想でイラク攻撃が始まったんじゃないかと。 イラン・イラク戦争のときはアメリカはイラクを支持していたわけですからね。
アフガニスタンの状況は非常に今硬直している状況だと、現地ではそういう報道もあるわけで、恐らく硬直した部分もあるんだと思うんですけれども、そう長い期間ではないところである程度平定をしていくだろうということの予測がつくわけですけれども、その際に、今、単なる難民支援という形じゃなくて、あそこにはカスピ海の油田の問題があります。
アラビア石油でしたか、丸善ですか、石油会社にお勤めだったというふうに伺っておりますけれども、実は、政府の公式な官房長官というお立場とまた違った角度でこのテロの問題、もう一つの側面、このアフガニスタンが一時平定したときのいろいろな状況、つまり石油業界というかメジャーというか、そういうところの絡みの中で、ロシア、中国、アメリカのカスピ海における石油の権益をめぐっての、一つの、冷たいというか熱いというか、
それから、徳川幕府をつくったときも、戦国の血の戦いを経まして平定しまして、これから法の支配という、徳川幕府というのは封建的ではありますけれども、法の支配が行き届いて三百年の平和を築いたことだと思いますけれども、その最初、戦国時代を克服して、国民の歓迎のもとに行われたと思います。
それからまた、日本書紀とか古事記にも、スサノオノミコトが日本を平定したときに胸毛を抜いたら杉の木になった、それからすね毛を抜いたらカエデになったとかいう、いかに日本の政治を統一した人が日本じゅうに木や森を育成したかということが神話の中、神話、四万数千年前の古墳が問題になるならば、私はそういう神話の世界というのも本当はそういう為政者の心意気を言っているんだと思いますから、先生の心意気にも私は同じものを
特に日本書紀や古事記には、スサノオノミコトが日本を平定した後、胸毛を抜いて投げたらそれが杉の木になったとか、すね毛を抜いたらそれがマキの木になったとか、いかに治山治水というものに、国土形成に昔から心配りをしていたか。
それは、事件の起こる前の年の一九四七年の三月一日にいわゆる三・一事件、日本に抗議したあの事件の記念日の集会で青年が殺されたということから始まって、そしてずっと行って一九五四年、朝鮮戦争が終わった後の一九五四年の九月二十一日に、完全にその蜂起した勢力は平定されてしまうわけですが、それまでの間全部を済州島事件というというふうに規定をされています。
それからまた、日本書紀には、スサノオノミコトが日本を平定したときに、胸毛を抜いて投げたらこれがブナの木になったとか、それからすね毛を抜いて投げたら杉の木になった。これは、為政者がいかに国土の治山治水というものに気を使ったかという証拠が残っていると私は思います。
それから、日本書紀の中には、スサノオノミコトが日本を平定したときに、胸毛を投げたらこれが杉の木になったとか、すね毛を投げたらカエデになったとかいって書いてあることは、日本の政治をした人がいかに治山治水、林野というものを大事にしたかということでございます。 今は山から材木がとれるのではなしに、海からとれる時代が来てしまいました。
千二百年前に「いにしえの人の植えけむ」、日本書紀には、スサノオノミコトが日本を平定したときは、胸毛を抜いたら杉の木になった、すね毛を抜いたらカエデになったという、この山紫水明の日本というのはあだやおろそかにできたものではない。そういう山紫水明の日本の中に新しい日本の中枢的な首都をどう築くかという、その経済効果について、ちょっと御意見がありましたらおっしゃってください。
○天江政府委員 確かに、タリバーン勢力が今アフガニスタンの約八割を平定したといいましても、北部連合がまた北の方からタリバーンの地域を奪取しようとしている。そういういわゆる内乱が続いておるという状態のもとで、パイプラインが平和裏に引かれるかといいますと、そこは大変な疑問がございます。
それを三代かけて徳川家康が平定した。そこで実現した国だったものですから、変革のために相当な出血があったと思うのです。 明治維新は一応無血革命だと言われているけれども、鳥羽伏見の戦いから始まって彰義隊の戦い、最後には白虎隊の戦い、そういうもの、それから五稜郭までいって、やはり相当な犠牲者は出たのじゃないかなと思うのです。ただ、日本全体が混乱するほどの犠牲者は出なかったわけです。
湾岸危機の教訓でも示されたように、イラクの侵略に対する国連中心の平定というのは、これから二十一世紀に向けて国際秩序のモデルになるんではないか、そんな気がいたしております。この際、特に重要なことは、我が国が一国平和主義の殻の中に閉じこもって、世界の危機に対しまして見て見ぬふりをするというような批判を世界からされるようなことがあってはならない。