1985-06-12 第102回国会 衆議院 大蔵委員会 第30号
それだけじゃなしに、東西の緊張緩和といいますか、貿易を通じて平和共存体制を確立するという、世界平和という立場から見ても非常に大事な問題ではないか、こういうように思っておるわけであります。そういう点で、以下若干御質問申し上げたいと思うわけであります。
それだけじゃなしに、東西の緊張緩和といいますか、貿易を通じて平和共存体制を確立するという、世界平和という立場から見ても非常に大事な問題ではないか、こういうように思っておるわけであります。そういう点で、以下若干御質問申し上げたいと思うわけであります。
そういう意味において、わかっているけれども一気にそういうふうにいかないけれども、どうやって世界の人々の納得をかち得るような平和共存体制をつくるかというのが目下の急務だと思うんです。
しないにしても、デタント体制というもの、デタント状況というものが果たして崩れたのかどうか、米ソ二大超大国はあくまでも核戦争を回避をして平和共存体制でいこうという姿勢をとっておると認識しておられるのかどうか、ここいらが明らかにされないままに、ソ連の軍事力が強くなったから、なったからというだけで防衛力を強化させていこうとする、そういうことに対して私はやはり――制服は、防衛力というのはこれは自己増殖しますからともかくとして
あたりにおいても感情的に熱気をいつでも呼ぶアメリカ大統領選挙が済まなければ、冷静な形においてデタントの方向への方向づけは困難と見て、しばらく様子を見ている模様でありますが、あなたの見通しにおいて、私は第三次世界戦争にまで突入するようなことは断じてないし、ソ連とアメリカが正面衝突するようなことは回避されるであろうし、そういうときにそういうあおりを受けて日本だけがわあわあ騒いで、長期的な見通しをつけないで、平和共存体制
米ソの関係であれ中ソの関係であれ、関係が改善される、両国間の緊張が緩和の方向に向かう、平和共存体制が現実のものになる、そういうことはわが国にとって望ましいこととお思いになっておられるのか、激化した方がいい、そういう考え方の上に立っていろいろお考えになり準備をなさっておるのか。それではこのポイントだけ両大臣からお伺いしておきます。
本当の平和共存体制をつくり上げるというのには、私はいまきょうの衆議院のことは遠くて余り耳には入ってこないけれども、何か、幹事長かだれかの失言とかなんとかでストップだと。
そういう危機感の土に立ってわれわれが対処するときに、この機会に平和共存体制を世界に確立する以外にない、戦争は不可能である、お互いに理解しがたきも理解し合ってデタントの道を歩まなければならない、これ以外に道はないという信念を持って日本外交を推進していくのに、片方においてはアメリカの軍部からこう言われた、アメリカの上院からこう言われた、アメリカにぶつけられてこうだという形で航空機を買い、自衛隊を増強しろ
政治がかくのごとく腐敗したものかという点が問題になっておりますが、ひとつこの問題は、いま日本の外交の転換期におけるファシズムヘの、戦争への道を行くか、平和憲法を守って国民とともに世界の平和共存体制を目指して外交を推進するかのターニングポイントに立っていると思います。 外務大臣と言いたいところだが、いない。呼べども答えず。
われわれはやはり日本が祖国であり、この国をショービニズムの排他的な戦争への道を歩むような国家にしないで、平和共存体制の上に立って国際的な平和共存の実績を上げたいというのが日本外交の基本であり、日本の憲法の基本であります。しかし、いまはどうも憲法に対する理念が大臣諸君においても欠如しております。 日本の憲法は、理屈はいろいろ言いますけれども、人民主権の憲法です、国民主権の憲法です。
問題は、だれが粘り強くそのことを主張して――この行き詰まった状態の中から、平和共存体制の確立以外に、核兵器をなくする以外に、軍備をなくするように努力する以外に、世界の行き詰まりを打開することはできない。景気問題やなんかも、いまごろいろいろいじって土地問題やなんかもやっていますが、このままでいけばまたインフレですよ。こんなことを繰り返していたらどうしようもない。
言うまでもないことでございますけれども、私が歓迎いたしますのは、これらの動きに連動するかのように米ソ間の戦略兵器制限交渉にも若干進展が見られるようですし、南北朝鮮の間でも話し合いが再開される兆しが見られるというように、これが契機になって緊張緩和、平和共存体制の確立に一歩前進しそうだという面から実は評価するわけでございまして、新たな同盟結成といったものを評価するものではない。
どうぞそういう意味において、息の長いスースロフ氏ともざっくばらんな会談をやって、日本と中国、中国とアメリカ、日本とアメリカ、日本とソ連、この日本、アメリカ、中国、ソ連、四つの間にわだかまるものがあっては真の平和共存体制がアジア・太平洋にはできがたい面もあるのであります。
ヨーロッパにおける十字軍以後におけるいわゆるルネッサンスの時代、宗教革命の時代、名前はいいけれども、血なまぐさい戦争によってヨーロッパは彩られて進歩、発展を阻害したことがあるが、アジアがいま浮き上がるためには、ヨーロッパのあの暗黒時代を持たないで、立ちおくれているアジア、中近東その他の発展途上国の人々に戦争や武力革命の幻想を抱くことよりも、もっと相互理解の上に立って平和共存体制を具体的に確立しなければならないという
しかしながら、平和共存体制をつくり上げるためには粘り強くこれを推し進めるべきであります。現在、米ソ両国は巨大国であるが、全世界から孤立するであろうことを極端に恐れております。米ソは提携し、あるいは抗争しておりますが、われわれ日本と中国の両国は率先して覇権主義を自制し、あらゆる国々の覇権主義に反対を誓って平和外交を推進する決意を持っております。
全方位外交におきましても、二十年前に、ドゴールさんの提案した全方位外交というものは、世界の平和共存体制確立のために役立つならばNATOの条約をも解消してもよいというところまで先取りをやっているのです。
ドゴールはNATOをも解消して世界の平和共存体制をつくりたいという大きな悲願を抱いておりました。フランスと日本との置かれている立場も違うから、同じ全方位外交でもドゴールの構想と福田さんの構想とが違っても一向差し支えありません。しかしながら、中国の言葉に羊頭を掲げて狗肉を売るという言葉があります。
そういう意味において、私は、覇権問題に対しても領土問題に対してももっと政党政派やイデオロギーを乗り越えて、この国の民族が平和を保ち相手からなめられないで、そうして平和共存体制をつくり上げるというモデルを日中平和友好条約でつくり上げる。
こういうときに、日本から、中国から、少なくともアジアにおいて、日本と中国は異質なものを持っているけれども、日本なり中国はみずからをむちうちながらアジアにおける平和共存体制の現実的な追求をやらなけりゃ、どこがやってくれるんです。アジアのルネッサンスは西欧のルネッサンスとは迷う。
そういうところが園田は園田で体を張って日本の基本的な外交の理念を説いて平和共存体制を説くけれども、園田さんのボスの福田さんは一体何を考えているのか正体のわからない人だという、こういう印象というものが、私は、今日におけるこれからあなたが取っ組もうとする日中平和友好条約の中においても、口には遠慮して、言っていませんが、心の中においては中国側でも、とても福田さんじゃ危なくて取っ組めないというような影が差しているんじゃないかと
下手な表現をすると黄禍主義ととられるかもしれませんけれども、われわれは、やはり日本と中国がみずから覇権主義を戒めると同時に、日本と中国がおのれを捨ててアジアの平和共存体制をつくり上げ、世界の平和共存の方向に貢献しようという出発点がこの日中平和友好条約の基本的な魂だと思うんです。
行かざるを得ない事情もあるのかもしれませんか、その一面においてざらにヨーロッパの安全保障の問題で、ヨーロッパ諸国の受けとめ方とは違って、急にアメリカはとにかくソ連との話し合いを煮つめて、核の問題でも軍縮の問題でも、もう少し詰めていって平和共存体制を可能な限りつくり上げようという態度がはっきりしていると思います。
○戸叶武君 外交技術として共同声明というのに力点を置きまするけれども、田中さんが中国側と行った共同声明といえども、日本の平和憲法なり非核三原則なり、そういうものを踏まえた上での平和共存の日本と中国がその柱となろう、その上に立って一切の覇権主義に反対し、みずからも自制し、そうしてわれわれの近隣諸国との関係において、まず日本と中国から始まって、平和共存体制をつくり上げようという悲願があの中には込められているんだと
いま、われわれは領土問題そのものにこだわるんじゃないけれども、次の平和を保障すべき平和共存体制樹立の基本的な構えというものは、戦時中に結んだ軍事謀略協定のようなものは、アメリカたりとソ連たりとイギリスたりとを問わず、次の平和共存の体制を世界に前進させるためには、みずからこれを解消していくというだけの理念の躍動がなければ、平和を語る資格ばないと私たちは思っているんです。