2020-11-26 第203回国会 衆議院 憲法審査会 第3号
さらに、安全保障の観点からは、以前、創憲会議として草案をまとめる一員となられた加藤秀治郎先生から、オーウェルの言葉として、絶対平和主義者が暴力を放棄できるのは、かわりに誰かが行使してくれるからという言葉、あるいは、細谷雄一先生からは、戦前の日本が軍国主義という名前の孤立主義に陥ったとすれば、戦後の日本はむしろ平和主義という名前の孤立主義に陥っていると言うべきではないか、こういう御指摘もいただきました
さらに、安全保障の観点からは、以前、創憲会議として草案をまとめる一員となられた加藤秀治郎先生から、オーウェルの言葉として、絶対平和主義者が暴力を放棄できるのは、かわりに誰かが行使してくれるからという言葉、あるいは、細谷雄一先生からは、戦前の日本が軍国主義という名前の孤立主義に陥ったとすれば、戦後の日本はむしろ平和主義という名前の孤立主義に陥っていると言うべきではないか、こういう御指摘もいただきました
ナチス政権下でヒトラーの後継者と言われたヘルマン・ゲーリングは、普通の市民は戦争を望まないが、戦争は簡単に起きる、国民は常に指導者たちの意のままになる、それは、自分たちが外国から攻撃されていると言い、平和主義者については、愛国心がなく、国家を危険にさらす人々だと公然と非難をすればいいだけのことだというふうに述べています。
どれぐらい時間があるか分かりませんけれども、私は根っからの平和主義者で人権擁護論者、人後に落ちないという自負をしていますけれども、その私がこういうことを言わねばならないこと自体が事態が緊迫しているということだと思いますけれども、残念ながら、時間があるときに敵地攻撃能力と並んでひょっとしたら議論しなければならない先ほど言いました可能性、核保有、核武装、日韓共同であれ何であれ、あるいは韓国が持つことについてどう
国民には攻撃されつつあると言い、平和主義者には愛国心に欠けていると非難し、国を危険にさらしていると主張する以外には何をする必要もない。この方法はどんな国でも有効だ。 これはまさしく戦前の日本のような状況でもありますし、また、ヘルマン・ゲーリングが言うとおり、今もなお好戦的な国はこういった手法を使われているんだろうなというふうに思うわけですけれども。
○内閣総理大臣(安倍晋三君) 私は謙虚で平和主義者だと、こう思っておりますし、憲法の三原則、現行憲法ですね、平和主義、主権在民というもの、そして基本的人権、この三原則については、自民党の憲法草案についてもそれは受け継がれているわけでございます。
時間がありませんものですから、まず安倍総理に外交防衛につきましてお尋ねしたいと思っておりますが、平和主義者とさっきおっしゃっておりました。安倍総理自身は集団的自衛権について率直にどのようなお考えでしょうか、お答えください。
私は、こう見えても平和主義者なので、できるだけ場が荒れないように質問させていただきたいと思います。今回、機会をいただきまして、委員長並びに関係各位の方々に心から御礼申し上げたいと思います。 今、アベノミクス、安倍政権、非常に絶好調だと思います。非常にすばらしいスタートを切られたんじゃないかと思います。
○神風委員 日本では特にこのオバマ大統領は、非常に平和主義者で、全くの善というようなイメージが強いわけでありますが、ただ、私自身は、もう少し冷静にとらえた方がいいのかなというような気がしております。
例えば平和主義だとて共産党的平和主義と自民党的平和主義、石破先生があそこにおられますが、石破先生は平和主義者ですよ、でも、軍国主義者と言いたいでしょう、というようなことなんでありまして、だから、解釈の論争はあり得るけれども、改正権の限界というのは、これは当然のことであります。
(拍手) さて、ことし二〇〇五年は、平和主義者で天才物理学者でもあるアルベルト・アインシュタインを思い起こす重要な年です。アインシュタインが特殊相対性理論をまとめて完成させたのが一九〇五年であり、その百周年に当たります。 注目すべきは、アインシュタインが、貧しい家庭に育ちながらも、羅針盤との出会いから科学の世界へと没頭し、特殊相対性理論を確立したことです。
ですから、単に平和というだけではなくて、平和と経済発展を結び付けようというところで、平和主義者だけではなくて経済発展を望む企業家やあるいは市民や投資家もこれに連動して入っていくという部分があるように思います。
なぜあの中米の、あそこの国の人たちがそういう平和主義になったのか、これはもっと調べなければ分かりませんが、私は、八七年のノーベル賞を、平和賞を取ったアリアス大統領とは、金大中、韓国の金大中氏の紹介でソウルで会ったことがありますが、いかにも平和主義者の穏やかな人物だったことを知って、改めて、やはりこれはそういう国民性がこの平和憲法のために築き上げられてきているんだろうかとさえ思ったわけであります。
幣原さんは、昭和の初め、若槻内閣とか浜口内閣で外務大臣をやられ、軍縮交渉の全権となって活動され、軍縮条約をのんだために軍部や右翼から罷免をされたという平和主義者だと思いますが、一九四五年、つまり昭和二十年の戦争が終わった直後、その十月から昭和二十一年の五月まで総理大臣をやられ、憲法をつくることに加わっておられます。
そうした言い方、それがどんなにやわらかに言われたとしても、たとえ平和主義者の発言であっても、それはある種の脅迫、言葉による暴力なのです。 さて、改正は可能であるということを前提に憲法九条を読みますと、これがまことに厳しいものがあります。この条文で日本と日本国民はどうしていけばよいのだろうかと途方に暮れる思いです。親が判こをついてしまった借用書を前に腕組みをする遺族のような感じであります。
これは逆に超平和主義者。これも、食糧だけは自分たちで守ろうと言うんです。ところが、日本の皆さん、ここで議論しておられる方は、私は初めてですけれども、何かそのパラレルに考えるという感覚が非常にないような気がいたしますので、その点はきちんと議論していただいた方がいいんじゃないかという気がします。 以上でございます。
旧軍関係者や保守派の政治家からは軍の復活を、平和主義者からは非武装政策をという圧力を受けての政権運営であったわけですけれども、一つ、吉田が断固として貫いたことは旧軍の復活にはならない再軍備という路線です。 そのために、保安庁、後の防衛庁の官僚、いわゆる背広組に制服組を管理させるということを吉田は許してきました、あるいはそういうことを積極的に推進してきました。
敗戦から五十有余年が経過し、我が国の民主主義は非常に成熟し、制度的にもシビリアンコントロールが確立されており、何よりも、日本国民全体が紛争のない世界を望む平和主義者であります。このようなことを踏まえれば、私は、日本国民はもっと自信を持ってよいのではないか、またそのような正しい自信に裏打ちされた防衛体制の整備、国際協力は、近隣諸国にも必ずや理解されるものと思っています。
もちろん、これには単に憲法の条文だけでは不十分であり、国民の一人一人が徹底した平和主義者にならねばならぬ。とにかく憲法に明記することは確かにその第一歩であると言うことができると、こういう発言です。 これは、九条反対の発言を受けて、それに反対する形で述べられた発言であります。 こういう発言ということを考えてみると、私は戦後日本をどうとらえるかと。
会議における参考人の意見陳述の詳細については会議録を御参照していただくこととし、その概要を御説明申し上げますと、 菅波参考人からは、 まず、みずからの判断で危険を承知で平和の実現のために活動するNGOは平和主義者と言える。戦争をせず、金銭援助をし、メッセージを発するという国際協調主義を貫徹するためには、啓典の民との有言実行型の行動に基づく連携が不可欠である。
それから、もし平和主義者というものがこれから出てくるとすれば、私は、それはNGOが萌芽だと思います。といいますのは、みずからの判断で危険なところに出かけていって、平和ということに関して活動している、これが新しい意味でのNGOが平和主義者として定義されるゆえんじゃないかというふうに思っています。