1961-03-24 第38回国会 衆議院 商工委員会 第17号 その後救援本部は、遭難者救援のため種々検討した結果、三月十九日、第一巻卸の深部地区を完全密閉の上、左斜卸地区のガスを排除しつつ、救護隊を遭難地点に送り込む基地前進法という作戦をとり、迂回してコンプレッサー室に近づく作業を行なったところ、これが成功し、十九日午後より、第一基地、第二基地、第三基地の設定が成功し、二十一日午後七時四十分、二十六名全員の遺体収容を見たのであります。 中村重光