2014-05-30 第186回国会 衆議院 経済産業委員会 第20号
○茂木国務大臣 恐らく、産業という観点でいうと、その時々の状況によりまして、かつて通産省の時代には繊維局であったりとか重工業局、こういう局もあったわけでありますけれども、当然、今はそれが製造局とか変わってきているわけであります。
○茂木国務大臣 恐らく、産業という観点でいうと、その時々の状況によりまして、かつて通産省の時代には繊維局であったりとか重工業局、こういう局もあったわけでありますけれども、当然、今はそれが製造局とか変わってきているわけであります。
経済産業委員会の理事であられる本日御出席の松田岩夫先生が、通商産業省化学工業局化政課の若き課長補佐であられた当時、法案立案の中心人物として化審法の制定に重要な役割を果たされたと聞いております。この場をおかりをいたしまして、松田岩夫先生の多大な貢献に改めて敬意を表したいと思います。 その制定から三十年が経過をしたわけでございます。
具体的に申しますと、中国につきましては、国家煤炭工業局及び国家経済貿易委員会と調整をしてまいっておるところでございますが、中国政府当局は本計画に対し歓迎の意を表明し、かつアジア地域にとって重要な計画であると評価しております。今後は国家煤炭工業局と資源エネルギー庁の実務者レベルの調整を進めていくことで合意しております。
上海の、私も軽工業局の人といろいろ交流があるわけですけれども、そこらでも、とにかく金型があればどんな製品でもつくれるんだ、人はたくさんおるわけですし、ただ金型の技術が十分でない、そこを何とかクリアしたいと一生懸命努力しているんだ。いずれ、これはある程度クリアしてくると思うのですね。
もう一つは、上海の軽工業局、向こうは自動車も含めて軽工業と言われておるのですが、そういうところから、何とか日本で金型の研修生を受け入れてくれないかというような依頼を受けまして、私、日本へ帰ってきましてから、早速いろいろ金型を使っておる大企業を当たってみました。プラスチックの金型も金属の金型もあるわけですが、ずっと回りましたら、全部うちではつくつていないと。
大正十四年生まれの方、昭和四十四年、重工業局の鋳鍛造品課長をされておって、そのときに退官をされた。それで、大分で農業資源エネルギー協会、これは地熱発電などをやっているところですね。それで関係がある。 それで、平成五年の五月二十二日に解散の決議をした、これは。それで、今は清算中であります。 今どこにおられるか。これは東京の、こんなすぐの大きなホテルです、オーの字のついている。
このような観点から、OECDの中では科学技術工業局という部門がございまして、そこで情報通信技術を含む科学技術の経済的社会的な影響についての検討をいろいろ行ってきた次第でございます。 このガイドラインは、個人のプライバシーの保護を図りつつデータ通信の国際的なネットワークを普及させまして情報の円滑な国際流通を促進させるという趣旨のものでございます。
になっているだけに、日本の基礎研究、この基礎研究は今申しました、いわば純粋の学理の基礎研究ではなくて、産業技術に直結した基礎研究というもので世界に貢献するということが今後非常に重要な日本の役割であり、また、国際社会の中に生きていくための日本にとっての非常に重要な政策課題であると思うわけでございます・ その場合に、先ほどちょっと申しました、私、国際協力の問題に関して幾分、パリのOECDにおりまして、科学技術工業局
通産省重工業局の課長が更てつになって、悪いことに此の課長が雑貨局の課長から転任して来たそうで、日碍の福田専務とも今迄色々話し合ひのあった人だそうですから、何かと悪い話許り耳に入れて居るとか申して居られました。」小林さんがね。
そうしたら河原さんという人が、きのうも通産省に行ってきた、通産省の係官の土谷直敏さんという当時の重工業局の重工業品輸出課長から、早稲田氏と渡辺氏からクレームをつけられて困っている、二人を何とか黙らしてくれと言われたという話だ。係官からそういうふうに日商岩井の当時の輸出担当の次長さんが言われてきた。そういう話。
記録が残っておりませんので確認はできないんでございますが、当時私ども、当時の重工業局で担当いたしておりましたが、当時の関係者に確かめましたところ、その会議には出席いたしておりません。
まあ驚いたわけですけれども、さらに次いで三十五年の一月、これは通産省化学工業局の中に化学工業研究会がありまして、ここの論議なども私、見てみました。
ですから、せんじ詰めて言いますと、政府そのものがそういう姿勢だから、つまり育成強化の方針を三十年に決めて、それから十年も後になってからここにもありますがコンビナート地域の保安に関する基準、化学工業局がこういうものをつくって通達しておる。
○中島委員 お伺いしますが、中村さんは、これは私が言うまでもないのですけれども、昭和二十一年に通産省に入省されて、四十年に重工業局の自動車課長をやっておられる。この時期に現在の自工会ができたわけであります。四十六年通商局の次長をやられて、四十七年に自工会の専務になられております。そしてその間の事情について、「日刊自動車新聞」においては、こんなことを書いているのです。
それについて、当時の中村通産省重工業局自動車課長は、このような車を新車として販売するということは、たいへんおかしなことだ、まずいことだということで、やめさせるように行政指導したいという答弁をされていました。
監事の後藤博一郎さんが一年九カ月、三十三万円、通産省化学工業局参事官。こういうえらい人がおられて、しかも約束が果たせられないし、もしこういう人たちがそのまま居すわるとするならばたいへんな問題だと思うので、こういうような給与というものは、一体、政府関係の公団のどういうような規模の何を基準にしてきめてきたのか、このことについて私は御答弁をいただきたいのです。
重工業局の輸出課、通商局市場一課、これは通産省ですがね、貿易振興局、大蔵省の国際金融局投資三課等々でこの問題は具体的にいま議論を詰めておられるはずであります。このことがテーマになっているはずであります。関係省はいかがですか。
荒勝 巖君 小委員外の出席者 厚生省環境衛生 局乳肉衛生課長 岡部 祥治君 水産庁漁政部長 増満 二郎君 水産庁研究開発 部長 松下 友成君 通商産業省公害 保安局公害防止 指導課長 松村 克之君 通商産業省化学 工業局化学第一
厚生省環境衛生 局長 浦田 純一君 厚生省薬務局長 松下 廉蔵君 委員外の出席者 環境庁水質保全 局水質規制課長 太田 耕二君 厚生大臣官房審 議官 福田 勉君 水産庁研究開発 部研究課長 佐々木輝夫君 通商産業省化学 工業局化学第二
厚生省環境衛生 局乳肉衛生課長 岡部 祥治君 農林大臣官房審 議官 下浦 静平君 農林大臣官房審 議官 山田 嘉治君 農林省畜産局衛 生課長 信藤 謙蔵君 水産庁漁政部長 増満 二郎君 通商産業省化学 工業局化学第一