1979-04-10 第87回国会 衆議院 商工委員会 第8号
これは、たとえば職業訓練所を現地につくりまして、そこで現地のそういう技術者あるいは工揚要員を養成する、こういう仕事をやっております。これが、これからもそういう非常におくれた発展途上国に対する経済協力の中の重要な一翼を担うものと認識しております。
これは、たとえば職業訓練所を現地につくりまして、そこで現地のそういう技術者あるいは工揚要員を養成する、こういう仕事をやっております。これが、これからもそういう非常におくれた発展途上国に対する経済協力の中の重要な一翼を担うものと認識しております。
そこで、四十九年は、いま御指摘のとおり非常な生産増が予想されるわけでございますから、さらにこれを大幅に伸ばしていこうということで――もちろん、先ほどのお話しの摘果等によりまして必要な生産調整をするということも当然やございますが、同時に加工用、ジュース用の需要を伸ばしていかなければならないという意味におきまして、まず製造能力をふやすという趣旨で、四十九年度予算におきまして、ジュース工揚の建設に対しまして
○伊藤(俊)政府委員 本年度の予算においてお認めいただきまして、ミカンの果汁のチルドジュース工揚をつくる、これに対して助成をする、こういうことに相なっておる次第でございます。
○政府委員(齋藤太一君) 七社八工場、アセチレン法によりますアルデヒド製造工場がございまして、その各社から水銀の未回収量を調査をしたわけでございますが、御指摘のように、日本合成化学の熊本工揚が、会社の報告によります未回収量は五トンでございますけれども、あとダイセル新井工場が五トンでございまして、その他の工場はいずれもそれを上回った数字になっております。
いたしまして、従来の古い形のかんきつ、夏ミカン等、すっぱくてあまりおいしくない夏ミカン等につきましては積極的に改植を進めまして、甘夏ミカンとかその他のかんきつ類に作付転換といいますか新改植を進めるとともに、また日本のかんきつにつきましてもいわゆる保管ができますように、生産と出荷のための貯蔵庫を政府としては助成いたしまして全国につくらせ、あるいはまたかんきつの今後の需要増大を促進するために、ジュース工揚等
○政府委員(今泉一郎君) 新聞等には大きな会社の名前だけが載っておるかもしれませんが、規制の法的な形といたしましては、有機工業製品を製造する化学工場あるいは金属鉱業――まあマイニングのことですが、あるいは石炭鉱業、こういうふろに分けまして、そして規制を加えるわけでございまするから、一つ一つの特定の工場、大きな工揚のみならず、その他の工場も入る。
次は、工揚用地の整備でございまして、先ほど申し上げましたように用途制をもちまして特別工業地区というものを設定いたしておるわけでございますが、この特別工業地区につきましては、住宅の建設を禁止するとか、または一定の工場の立地を禁止するというような措置を講じまして、でき得る限り純化をはかってまいるにいうふうな措置をとっておるわけでございます。
それからこうした経緯等もございまして、一部には工場団地の政策は方向が誤っていたのではないかというような批判さえ出ているようでありますが、私はその点は基本的にはやはり工揚団地というのは今後の中小企業の近代化にとってきわめて有効適切な方針であって、今後とも強力に進めるべきであるという確信を抱いておる次第であります。
今度はその生コンクリート工揚の用地の選定ですね。選定の第一は、東京都の総務首都整備委員会の速記録によって明らかにされているところによりますと、もと明治大学のそばにありました工場が、地元民の反対にあって転地を必要とされた。
○影山政府委員 新法における第五号がふえたわけでございまして、新法における第五号は、「事業の共同化、工揚等の集団化その他中小企業構造の高度化に関する事項」という事項に関する勧告でございまして、御承知のように、中小企業は零細小規模の事業者が多いので、そういう人たちはやはり一緒になって、協力の力、協同の力で物事を進めていかなければならないという見地から、こういう共同化によって事業をおやり下さいということを
で、具体的に問題を提起いたしますと、これは先ほど言いましたように、杉並の永福町にありました日立のなまコンクリート工揚が、地域住民の反対によって、とうとう工場が閉鎖をした、そしてその移転地として杉並の堀之内へ持ってきた。ところが、堀之内ではこれに対して猛烈な地域の反対運動が起こった、そういう事態と関連して私は先ほどからの質問をしたことになるわけであります。
従いまして、そのなまコンクリート工揚につきましては、必ずしも多数の従業員を使用しているような工場でないというような問題、また、この地域が、既成市街地では、御承知のように、東京都の二十三区並びに三鷹、武蔵野、この両市の地域ということになっているように承知いたしておるわけであります。
○説明員(聖成稔君) なまコンクリート工揚につきましては、確かに周辺における騒音の問題、あるいはまた粉塵等のことが問題になっておることは私ども承知いたしておりますが、しかし、これはきわめて小範囲に起こる問題ではたしてこの程度の、何といいますか、いわゆる被害を公害として取り上げるべき性質のものかどうかというようなところにも問題があるのじゃないかというふうに私どもは考えておるわけでございます。
愛媛県の伊予三島の事件だそうでありますが、昭和二十五年十二月二十五日に、伊予三島の税務署が製紙のテックス工揚を差し押え公売に付し、その経営者の高石というのは、この公売処分を不当として、高松地方裁判所に訴訟を起こしたら、一審では高石が敗訴になったけれども、高松高裁の二審では高石が勝った。今度は国が高石某を相手取って最高裁に上告したけれども、昭和三十三年五月二十四日上告棄却となった。
なお、風倒木がたくさんございましても、それを処置いたします製材工揚がほとんどやられております。名古屋のごときは、九五%浸水いたしましたので、それに対しましては、速急に資金の融通をいたしまして、製材機の復旧をはかりまして、なるべく早くこれらの運転によりまして資材の供給をはかるということを考えております。
本工揚といたしましては、従来廃水の処理といたしまして、大体沈澱池に蓄積をいたしまして、これが河川に流入しないように、そのための施設をやっておったわけでございますが、これが不幸にして決壊をいたして今回の事件が起ったということは、私どもといたしましてもはなはだ遺憾でありますが、実は、この堆積揚そのものが従来の除害施設であったわけであります。
○三浦辰雄君 その点は明らかになりましたので結構ですが、立木処分を多くする、今日各地とも終戰後におきまする手つ取り早い仕事というものは製材工場だ、復興は木材が要るだろう、木材をやれば儲かるだろうということから非常に製材工揚が殖えて、さうして大臣御出身の製材王国であり、最も製材が発達し、そうして団結のよい秋田と言われている秋田自身が製材工場の能率が出て参りますと生産されるところの木材の約ニ倍半ほどの能力
仮に、三百人が中小企業になつておりますが、三百人としまして一人当り生産が十万円としますと三千万円、昔ならば大した工揚でなくてももう現在では貨幣の下落のためにもう千万円、二千万円というような注文はそういう百人或いは三百人使つている工場としては大した仕事じやないのですが、その金額は相当に要りますから、なかなか三百万円、五百万円という金を融資を受けるところがないのです。
になつておるものが十二件でございまして、約一千二百万円、それからこの当時納入いたしました品質、数量についてクレームがございまして、そのクレームが片付かんために、金をとることが困難であると思われるものが百六十四件で六千三百万円、それから現にその操業を停止しておる、或いは休業中であるというようなものが二十九件ございまして、その金額が六百万円、それから差押をしておりまするものが四件でございまして八十万円、それから工揚閉鎖
○説明員(池田大助君) 全部の集計をいたしました結果を申上げますと、木材の流失でございますが、これの総計が百十七万九千石、それから製材工揚の流失、倒壞が七百五十九棟、木炭の流失が三十一万八千俵、薪の流失が三百一万四千束、炭窯の崩潰、流失が二万六百八十基、木炭倉庫の倒壞流失が八千五百六十五棟、作業道の流失が百五十万一千メートル、林道の路面の流失が二百八十三万五千メートル、橋梁の流失が一万三千六百五十七
の執行を阻止妨害したる事實なし眞相は七月二十五日笠松署に對し右會社に「CIO」が摘發の為臨檢する旨投書ありたるを以て「CIO」に連絡したる所、投書の如き事實なき事實判明したるを以て偽摘發隊横行の際警察に於ても警戒し居したる處三十日前記摘發隊員が來た旨尾關方より通報ありたるに依り警察署司法主任以下四名直に出張し確めたる處重見外六名は臨檢書を所持し商工事務官なる事判明したるにより執行せられ度き旨告げ、工揚
但し工揚の設備のぐあいとか原料のぐあいで、委託してきた際はできるだけその會社としてはサービスしようという方針でやつております關係上、正規の七割五分ということで杓子定規にはやりません、サービスをやつております。