1979-06-21 第87回国会 衆議院 大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会 第1号
そうすると、いままでもとやかくいろいろ言われてきたそのとやかく言われてきた形態が、何のことはない村山さんから、山紫会か山水会かわからないけれども、村山さんの後援団体から今度は越山会の田中角榮さんに大光相互はかわっただけである、こういう形がこの井田さんという人を選んだということの結果から生み出されているわけですね。これはどのように考えるか、答えろと言っても答えにくいでしょう。
そうすると、いままでもとやかくいろいろ言われてきたそのとやかく言われてきた形態が、何のことはない村山さんから、山紫会か山水会かわからないけれども、村山さんの後援団体から今度は越山会の田中角榮さんに大光相互はかわっただけである、こういう形がこの井田さんという人を選んだということの結果から生み出されているわけですね。これはどのように考えるか、答えろと言っても答えにくいでしょう。
○沢田小委員 あと田中角榮さんの後援会に、これはどういうふうなことか、不二工務店さん、それから三協物産——だからあそこの地域というのは越山会と山水会、山紫会、これが非常に重複している点もあるわけなんでありますが、三協物産からもずっと政治献金が、金額は省略しますけれども、四十六年以降続けられている、不二工務店なども続けられている、それから田中後援会の方の政治経済調査会についても、これはテレビは駒形十吉
○沢田委員 次に、山水会と山紫会というのが政治団体としてあるわけであります。これは村山さんの政治団体なんであります。これを見ますると、金額はきわめて少ないのでありまして、法人としては千八百万ぐらいの納入で、証憑書類としては全部無記名であります。
どこへ行っても日本は公園のごとくきれいである、山紫に水明らかだ、であるけれども、最近は建設省はダムをつくることに一生懸命になって、水というものが商品扱いになりましたね。工場の方には潤沢に行くかもしれないが、渓谷美をなす谷川には水がない、これでは山紫に石明らかなるところであって、水がないのです。だから、自然美を尊重する精神が建設省にあるのか。
○国務大臣(村山達雄君) この前私は地方行政委員会で山紫会はたしか当時は政治団体でなかったのではないかと実は私ちょっと言いかけたのでございます。そしたら、そばに自治省の方の選挙部長がおられまして、いや山紫会は政治団体になっておりますと、主管の部長がおっしゃいますからこれは間違いないだろうと思って、実は、それじゃ政治団体であったんでしょうと、こう申し上げたわけです。
○国務大臣(村山達雄君) これは私が選挙に立つ前から実は山紫会というものをつくっておったのでございますが、初めて当選する前から……
――大臣お手元でごらんいただいておりますのは、先ほどあなたおいでになる前にいろいろやりとりをしたんでありますが、丸紅の経費台帳の寄付金、課長さんのあれによりますと補助簿だろうと言うんでありますが、に載っておるものでありまして、一番上のページ四十六年十二月二日に山紫会五十万円、後ろの、これは小切手かなんかの番号でしょうかね、三七七六というのがございます。
山紫にして水清く、風光穏和な日本は、今や避けられる災害までも受け、防げば防げるのに防がれておらないのであります。もちろん、アジア・モンスーン地帯の避けられぬ地勢的条件もありますが、政治の貧困、吉田政治の責任もまた見のがすわけに行かないのであります。(拍手)古来、中国では、水を治める者が政治を握つたのであります。今もかわりありません。よく問題にされる、原型に復旧するという災害復旧の問題もあります。